2022.03.15.tue

住宅業界とライフスタイル業界の化学反応

Contents

住宅業界にみる暮らしの変化

住宅業界の市場動向をご存じだろうか。2021年時点での市場規模は13兆円強。2040年までには新築着工数が現在の8割まで減少し、リフォーム数は横ばいの見通しだという。 (引用:野村総合研究所「2040年の住宅市場の展望」)

新築の住宅数とインテリアの需要は相関関係にあり、ライフスタイル業界全般の売上に対する影響は大きい。

一見ネガティブに思える状況だが、一昨年その新設住宅着工戸数が予想より押し上げられたそうなのだ。

仮説ではあるが、テレワーク普及による職住一体化や外出自粛による「おうち時間」の増加によって、消費者が住宅に求めることが変化し、新たなニーズと既存の住宅ストックとの間にギャップが生まれたことが理由ではないかといわれている。

ライフスタイル業界でも、消費者の暮らし方や住空間に求めるものが大きく変化しているのは明白であり、同様の現象が住宅業界でも起こり始めたということだろうか。

そんななか、人々のくらしを豊かにするために、機能性や利便性だけではなくライフスタイルや情緒を訴求した家づくりを提唱し、住宅業界とライフスタイル業界の架け橋となるべく活動している人物がいる。「間取りデザイナー」を名乗るタブチキヨシ氏だ。

「日本中にハッピーな家をたくさん建てることが夢です。お施主さまの意見を大切に、住まう人にとっての“ワクワク、キャー! ”な家を提案しています」と語ってくれた同氏に、住宅業界とライフスタイル業界のリアルな関係性と未来の可能性について話を伺った。

タブチキヨシ
間取りデザイナー
https://www.instagram.com/ligare_tokyo/?hl=ja
株式会社タブチキヨシ住宅デザイン事務所代表取締役。株式会社house stage (ハウスステージ) 代表取締役。愛知県生まれ。名城大学建築学科卒業。住宅デザインを仕事の軸として、商品開発、企画プロデュースを全国で手がける。 

“ハッピー”になれる間取りの提案

仕事内容について教えてください

− タブチ氏コメント:二つの会社を経営していて、株式会社house stage (ハウスステージ) ではBtoC事業をメインとし、消費者から新築やリフォームの相談を受け、住宅施工の打ち合わせや工事管理といった工務店業務を行っています。

間取りの提案はもちろん、土地の購入から建築までの諸手続き、施工や引き渡しまで一貫して引き受けているんです。

タブチ氏がデザインした「ショップのような寝室」

− タブチ氏コメント:他方、株式会社タブチキヨシ住宅デザイン事務所では、工務店や住宅建材メーカーに向けたBtoB事業を展開しており、売上増のための施策提案やプロデュースが主な仕事です。

具体的には、SNS投稿や写真の撮り方についてのアドバイスや、モデルルームの設計図制作から空間デザインなど、集客ができずに困っている工務店の認知度UPのために、コンサルティングを行います。

− タブチ氏コメント:私の夢は日本中に“ハッピー”な家を作ることなんです。うちみたいに地域密着型の企業は、大手住宅メーカーのように全国に事業所があるわけではないので、BtoC事業だけだとどうしても施工数に限りがあります。

だからBtoB事業として日本中の工務店さんと協業して、より多くの施工を手掛けて“ハッピー”な家を増やすことが目標です。

「家」ではなく「暮らし」を売るということ

事業を始めたきっかけはなんでしょうか?

− タブチ氏コメント:私は昔、住宅メーカーでサラリーマンをしていたのですが、その時は完全歩合制の営業職でした。本当の意味で暮らしを考えた家づくりをする企業はまだ少なく、消費者目線ではなく住宅メーカーが良かろうと考えてできた家を、ただ売っていた時代だったんです。

人々が心豊かに暮らすための家、という考え方が業界に定着してきたのはごく最近のことなんですよね。

当時から私は、「もっとエンドユーザーにとってハッピーな家を建てたい!」という気持ちが強かったんです。それが自分で新しく事業を始めたきっかけですね。

具体的にどのように業界の変化を促したのでしょうか?

− タブチ氏コメント:「売るのは“家”ではなく“暮らし”」だと思うんです。

趣味や好きなことをして過ごす時間だけでなく、掃除や入浴などの日常の些細なことを、いかに快適に過ごせるかが長い人生において大切だと考えています。そういう小さな積み重ねが、ハッピーな家をつくることにつながるのではないでしょうか。

そこで、『早く家に帰りたくなる!最高にハッピーな間取り』や、『ズボラでも暮らしやすい!収納上手な間取り』 (共にKADOKAWA) を出版しました。

タブチ氏の著書「早く家に帰りたくなる!最高にハッピーな間取り」

− タブチ氏コメント:生活動線ができるだけ短く、無駄がない間取り、そして、自分時間を大切にできる間取りをさまざまな人の立場で楽しく妄想して、提案してみたんです。

すると、思った以上の反響がありました。Instagramではいろいろな方からコメントをいただき、私の本を持って「こういう家をつくりたい」と、全国の工務店に訪れる方が増えたんです。

タブチ氏が提案する「心地よく働きながら暮らす間取り」

− タブチ氏コメント:業界内で自分が感じていた違和感を、実は消費者も持っていたんだと確信した瞬間でした。

それからは、いろいろな媒体で施工事例を紹介したり、InstagramなどのSNSでフォロワーとのコミュニケーションを通して、活発にニーズを汲み上げ、トレンドを形にすることで、私の認知度も向上し、それに比例して依頼数も増えていきました。だから、住宅業界でもトレンドを発信することの重要性に気が付いたのです。

ニーズから分析する住宅トレンド

住宅業界にトレンドを取り入れているポイントとは?

−タブチ氏コメント:住宅業界にはトレンドを十分に理解して活用できている企業がまだ多くないと感じています。

今までは「駅から徒歩5分」「南向き」「3LDK」といった機能ポイントの訴求で家が売れていて、その焼き直しをするだけで、そこから進化した家の提案ができていませんでした。そうすると現代の需要に合わなくなり、家も徐々に売れなくなってくるんですよね。他社との差別化をしていく選択肢の一つとして、住宅業界のニーズを汲み取り、トレンドの勉強をすることがあります。

まずは住宅業界のニーズを拾うために、広域でのライフスタイル業界のトレンドをシェアすることが必要だと考え、セレクトショップを対象とした組織である「MONTAGE (モンタージュ) 」との協業に至りました。現在はMONTAGEとともにライフスタイル業界のトレンドや情報を共有するサービス「MONTAGE LIFE STYLE LABORATORY (モンタージュ ライフ スタイル ラボラトリー) 」を立ち上げ、運営しています。

こうして継続的に消費者のニーズを住宅業界に落とし込むプラットフォームを作ることで、各企業は常に変化するトレンドを掴むことができますよね。

常にトレンドを把握できていれば、消費者に今以上に豊かな暮らしが提供できるし、住宅業界も施工事例を発信することで、認知度が上がり、売上増に繋がると考えたんです。

MONTAGE LIFE STYLE LABORATORY
(モンタージュ ライフ スタイル ラボラトリー) 
https://montage-laboratory.com/
MONTAGE はこれまで、ライフスタイルショップなどの業界関係者へ向けて、新しいトレンドの創造と発信を仕掛けてきた。"MONTAGE LIFE STYLE LABORATORY" では、住宅業界とライフスタイルトレンドを繋げ、これからの住宅業界に向けた集客の方法を提案していく。 

MONTAGEを媒介した業界間の通訳者

MONTAGE LIFE STYLE LABORATORYについて教えてください

−タブチ氏コメント:住宅業界向けに毎月テーマを設けて情報発信をする場です。ここではライフスタイル業界の方々から今のトレンドを学べ、参加者が住宅のプランや施工に活かせる情報を得られます。

私は中間に立つ「通訳者」の立場でしょうか。ライフスタイル業界と住宅業界って、近いようで実はあまり接点がないんですよね。業界が異なるからこそ分かりやすい表現に置き換えて、トレンドを伝える努力をしているんです。

オンライン研究会の様子

−タブチ氏コメント:時代に沿ったライフスタイルシーンを見ながら、「なぜ今そのライフスタイルが注視されているのか」「スタイリングのどこがポイントか」を解説しています。

具体的にどんなアイテムをどうスタイリングすればいいかが分かるように、参加者とディスカッションするんですよ。

研究会で配布されるライフスタイルブック

−タブチ氏コメント:また、ライフスタイル業界向けの合同展示会の会場にて、住宅企業の参加者をアテンドして、インテリアブランドの方から直接商品のコンセプトや完成するまでの想い、消費者に売れている背景などをヒアリングする機会を設けています。

−タブチ氏コメント:その積み重ねによって、住宅業界の参加者が家具やインテリアを購入する際のユーザーインサイトを知ることができます。結果として「今まで以上に暮らしに寄り添った事例を施工できた」という声を耳にする機会が増えました。

協業で生まれる新たな空間プロダクト

タブチ氏による「家具や照明も含めた暮らし」の提案

これからの住宅業界とライフスタイル業界に期待したいことは?

−タブチ氏コメント:暮らしに対する想いや、企業としての理念が近い住宅メーカーや工務店とインテリアメーカーをマッチングさせることで、今までにないハッピーな空間プロダクトを生み出せると思っています。

例えば、WTW House project (ダブルティーハウスプロジェクト) やいくつかのセレクトショップが工務店などと協業して、彼らが考えるライフスタイルを表現した住宅を提案していますよね。

出典:「WTW House project

−タブチ氏コメント:大手企業だけでなく、地域に根付いた工務店やインテリアメーカーがこのような考え方で暮らしの提案をしていければ、どちらの業界も相互作用によってもっと活性化していくと考えます。

そのためには、住宅業界はライフスタイル業界をはじめとした消費者の潜在ニーズや、モノの購入インサイトを参考とした住宅の開発をする必要があると思うし、ライフスタイル業界も、住宅業界と協業して大きな空間プロダクトとしてとらえて訴求していけば、それぞれの発展につながるのではないでしょうか。

二つの業界が今以上に相互理解を深め、消費者の暮らしをより豊かにするという同じ目的に向かって協業していける未来をつくりたいですよね。私は今後もその架け橋となって、活動していきたいと考えています。

インタビューにお答えいただき、ありがとうございました。

異業種間でイノベーションを創造する

昨今、ライフスタイル業界での異業種参入の動きが活発だ。それは単に未開拓市場での売上を狙うという狭義の発想に留まらない。今回のタブチ氏のような本当の消費者ニーズやトレンドを理解するため、という業界イノベーションの中枢に向き合う姿勢が欠かせない。「2022年セレクトショップ予想図」でも紹介したように、移りゆく消費者ニーズや価値観の多様化に対応すべく、今後の強化施策として異業種への販路拡大を挙げる企業が目立った。

異業種への販路拡大は、広い視野から自社や業界のビジネスを捉える良い機会であり、コラボレーションなどの施策では、マーケティングコストを数社で負担しつつ新規顧客の獲得や、組み合わせの妙による消費者に与えるインパクトが期待できる。

その反面、売上予測が難しい博打のような側面もあり、なにより業界の違いから、流通構造や支払いサイクルなどの取引条件や、アフターケアなどCSの詳細にわたる調整が必要となることも多く、ゼロベースでの開拓にはリリースまでに工数や時間がかかるのも事実だ。

しかし、消費者の暮らしに対する価値観の分岐点であり、イノベーションが生まれやすいこの局面だからこそ、ライフスタイル業界でも、今までになかったサービスが受け入れられるチャンスではないだろうか。

今回の住宅業界とライフスタイル業界でもしかり、まだまだ掘り起こせる協業ネタは多い。是非前向きに異業種への門戸を叩いてみて、組み合わせの妙を楽しんでほしい。そのワクワク感は、きっと消費者にも伝わるはずだ。

Recommend