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旗艦店が生む独自ビジュアル戦略

店に一歩入ると、外国にある古いガレージのようなディスプレイに目を奪われた。

思わず写真に撮りたくなるようなその空間は、使い込まれたようなヴィンテージ感溢れるタイニーハウスに、ハンドメイドのトーテムポール、洋服や雑貨が詰め込まれたカートやウッドボックスが並んでいた。

そうして一見無造作にも見えるそのディスプレイには、見た人が足を止めて触れてみたくなるような計算が施されている。

niko and … TOKYO (ニコアンドトーキョー) はスタイルエディトリアルブランドniko and … (ニコアンド) のグローバル旗艦店として、原宿明治通り沿いに店を構える。他の店舗とはひと味違う独自の企画やビジュアル演出が特徴で、セレクトショップ激戦区エリアでライフスタイルを発信し続けている。

niko and … TOKYO (ニコアンドトーキョー)
https://www.nikoand.jp/tokyo/
原宿明治通り沿いにあるniko and …のグローバル旗艦店。「雑誌のように編集し、特集と連載を持つお店」として45日のサイクルで編集テーマが変わるエディトリアルコーナーが特徴。アパレルを中心に、インテリアや植物、雑貨、カフェといった豊富なラインナップでライフスタイルを提案する。

消費者に飽きられないメッセージを発信し続ける裏には、どんな企業努力があるのだろうか。

大手小売りVMDの経験を持ち、株式会社アダストリアではベイフローの立ち上げやスタジオクリップ、グローバルワークのVMDに携わったのち、niko and …大型店VMD担当となった倉地誠 (クラチマコト) 氏に話を伺った。

人が思わず商品を手に取ってしまう時、そこには一体どんな心理的要因や仕掛けがあるのだろうか。何が消費行動に直接的な影響を与えるのか。

VMDやビジュアル戦略の切り口から、niko and … TOKYO独特の空間の作り方や店舗独自の発信の仕方を探ってみたい。

自由度の高い店舗独自の発信

niko and … TOKYOと他店舗の違いについて教えてください

− 倉地氏コメント:まず旗艦店を含む大型店は現在国内6店舗海外1店あり、既存店とは括りが違います。

既存店は基本的に本部配信からなる運営ですが、大型店には限定の商品やイベントなど独自の企画があり、商品ラインナップも広く取り揃えています。

そのため大型店のみの編集会議が設定されていて、月ごとにMDやVMDの打合せを行い、各大型店舗のVMD担当者が自店に合わせた演出を行うので、自由度のある店作りが出来るんです。

「本店はちょっと違うな」とお客様に思ってもらえる様に、独自の解釈で作り上げるniko and … TOKYOらしさを大切に発信し続けてきたから、このブランドの入れ替わりが多い原宿明治通りという激戦地区の中で、オープンから6年間ずっとスタイルを変えずに運営することができたのだと思います。

営業VMDと演出VMD

niko and … TOKYOのVMDはどこに特徴がありますか?

− 倉地氏コメント:ブランドのニーズを表現する演出的なVMDを意識しています。VMDにはいくつか種類があると思っていて、分かりやすいのが営業VMDと演出VMDです。

この2者の違いは、触る領域なんです。前者は売ることを目的に商品を扱い、後者はブランディングの観点を元に商品はもちろん店舗内装や什器、照明、BGM、香りなどお客様の五感に訴える部分までもを担うと考えています。

この業界ではショップ立上げ時に外部の空間演出ディレクターに依頼するのはよくあることですが、その後のサポートは契約外になることが多いので、たいていオープン後には空間演出ディレクターは不在になります。

しかし時代が変化していく中で流行も移り変わり、商品だけが入れ替わったショップを見てお客様は本当に面白いと思ってくれるでしょうか?

商品のメッセージ性に合わせて什器や音楽、照明まで配慮することで、リアル体験の驚きや発見、ワクワクを演出することができると思うんです。

前提として売上は大事ですが、それ以上に来店したお客様の体験に重きを置いたVMDが重要です。

niko and … TOKYOもアパレル、雑貨、家具が行儀よく並んでいるよりは、ミックス感を演出したりあえて違和感を感じるような空間演出を作ることで「なんだこれ?」とお客様に興味を持たせる、それが “らしさ” でしょうか。

流行が変化していく中、ブランドらしさをキープした表現を続けていくためには、現場に演出VMDがいることが必要になってきますよね。そこに理解があるブランドだからできることだと思います。

現場で動くことの重要性

「ガレージマーケット」をテーマとしたエディトリアルスペースの制作風景

店内で演出VMDが分かりやすく表現されているポイントはありますか?

− 倉地氏コメント:45日のサイクルで編集テーマが変わるエディトリアルスペースです。

ここは昔ハイエンドブランドがよく作っていたウィンドウディスプレイの現代バージョンのイメージで、「実際に中に入って触れることのできるウィンドウディスプレイ」を作っています。

それだけではなく、人間の記憶に残りやすいと言われる独自ブレンドのアロマを仕込んだり、体感にシンクロするような音楽をかけるなど、至ることろにお客様が知らず知らずのうちに足を止めてしまう仕掛けを施しているんです。

今季のテーマは「ガレージマーケット」です。

小松奈々さんと菅田将暉さんの出演、アートディレクターの森本千絵さんの組み合わせでキービジュアルを制作するのは今年で3年目となりますが、今回はリアル店舗を舞台にした空間作りが行われ、その一端がエディトリアルスペースにも求められました。

森本さんが作成されたイメージコラージュをベースに、実際の什器や家具、ディスプレイを組んでいったんです。

森本さん作成のイメージコラージュ

− 倉地氏コメント:当初のアイデアはかなり大胆で、大きなツリーハウスを作りたいと提案されました。

さすがに店舗での危機管理上設置が難しいと判断して、最終的には今あるタイニーハウスを作ることにしたんです。彼女とは同じ大学の友人ということもあり、そうやってお互い試行錯誤を繰り返して企画を詰めていきました。

そこからは資材調達、制作に入るのですが、実は基本的に店内の造作物は自分たちで作っています。今回は撮影に使用するということもありタイニーハウスは外注でしたが、それ以外は店頭やこの工作室で制作しました。

倉地氏のアイデアスケッチ
ショップ内の一画にあるワークスペース

什器を外注ではなくスタッフが自分たちで作る理由はなんでしょうか?

− 倉地氏コメント:一番の理由はスピード感です。45日のサイクルで変更するには、企画から制作まで約2週間の速さで進める必要があって、外注だとそのスケジュールには間に合いません。

そのため企画から資材調達、什器の制作、商品陳列やデコレーションなど一気に自分たちで行います。現場にいるVMDだからこそできる動きですよね。

とても大変な作業なので、他のブランドではなかなかできないことかもしれませんが、モノを作るのが好きなせいか楽しみながらやっています。

タッチポイントとなる見えない仕掛け

2階へ誘導するためのタッチポイントスペース

目下の課題はありますか?

− 倉地氏コメント:1階の中央に階段があるのですが、そこから2階に誘導する仕掛けを考えています。どのショップも上階への誘導は永遠のテーマですよね。

そこでまず手を付けたのが2階でお客様が回遊しやすくなる為の「買い物モチベーション」によるゾーニングへの変更です。

階段を上がって、エディトリアルスペース、植物、リモートデスク周り、旅、ステーショナリー、フレグランス、キッチン、最後にレジという今のエンドユーザーの生活パターンに沿った導線を意識しました。

まず目に入るメイン空間では、既存の植物ゾーンを拡大して「アウトサイドインサイド」というテーマで植物と家の中・外を混ぜてスタイル提案しています。

小売店舗では一般的にメーカーやカテゴリー単位のゾーニングになりがちですが、ここでは時期的に新型コロナウイルスによる外出自粛があったため、家でリラックスして過ごせるように植物がある様々なシーンを演出しました。

それが良かったのか植物の売上も上がりましたね。

植物を使用して「アウトサイドインサイド」を表現した平台

− 倉地氏コメント:そしてここでもお客様の回遊時間を長くするための罠をたくさん仕掛けているんですよ。

例えばこのドライフラワーの魅せ方は積み重ねと吊るしの上下からの中心柱を作り、そこに奥行きを出して360度にすることで、「裏が見たい!」と思ってもらえるようにこの周辺を回遊できる構造にしました。

− 倉地氏コメント:また、コクヨのステーショナリーゾーンでも、つい「触ってみたい!」と立ち止まる工夫があります。

ただノートを並べて置くだけの陳列ではなく、ランダムに吊るしたり、小物を配置することでお客様が商品に興味を持って触りたくなるような罠が至る所に張り巡らされています。

触れたくなる位置に可愛いヒモでランダムに吊るされたノート
「なんだろう?」と思わせる同じ色の小物を使った演出

− 倉地氏コメント:あとは2階へのタッチポイントを作りこんで、実際に誘導数が増えて店舗全体の回遊時間が増えれば、VMD担当者としては嬉しいことですね。

次世代の演出VMDの育成

今後チャレンジしたいことはありますか?

− 倉地氏コメント:今僕がしているような演出的VMDを次の世代に繋げていきたいです。大手だと現場が企画して実現させていくフローを実際に体験できるブランドは少ないでしょう。

でももしもブランドが許すなら演出VMDのポジションでやってみるべきだと思います。

ニコアンドチャンネルでの倉地氏の配信動画

− 倉地氏コメント:現場で毎日一緒にやらないと本当の意味での育成は難しいですが、出来ることはやりたいので、動画ツールが浸透している今だからニコアンドチャンネルでのYouTube配信もしています。

それを見れば僕が何を考えて売り場を作っているのかが分かるので、スタッフもよく見てくれているんです。

売場として機能させる必要はもちろんで、体験体感からモノを買ってもらうまでの演出テクニックや、自分たちで店を作る喜びまで伝えていければいいですね。

インタビューにお答えいただき、ありがとうございました。

ショップごとに必要となるCX

「堀田健一郎氏の考えるVM」の記事で堀田氏がショップにとって大切な要素として語っていた、「個性 (=クセ) の表現」「店舗のメディア化」。niko and … TOKYOにはその2つの要素が揃っているように思える。

大胆な構想を細部まで丁寧に作りこむ倉地氏の演出は、「いい意味で期待を裏切る」ごとくエンドユーザーに驚きを与え、知らぬ間にその世界に引き込むチカラがある。細部に神が宿ると言われる通り、彼の仕込むテクニックは人間のほんの小さな行動心理をついた繊細極まるものだった。

そして店舗独自のオンライン施策内でも、配信コンテンツのひとつとしてディスプレイが出来るまでの動画を配信し、実際のセットと見比べることで楽しみ方が増える。これは他ではあまりない、ビジュアルで顧客エンゲージメントを高める施策のひとつではないだろうか。

「お客様に面白いと思ってもらうには、まず自分たちのブランドの表現力を磨く必要がある」と倉地氏が話してくれたように、リアル店舗の在り方を見直す必要のある今、ビジュアル戦略のひとつとしていかに自分たちのブランドをVMDで表現するかを更に掘り下げて考えなければならない。

セレクトショップの量産型店舗展開の時代は終わりにさしかかり、個店ごとのカスタマーエクスペリエンスが求められるフェーズに入ったのだろう。

MMD TIMESは今後もリアル店舗の未来の姿に注目していきたい。

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