2023.04.04.tue

土屋鞄製造所が紡ぐ“時”を超えた物語

  • 土屋鞄製造所

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時間を超えて愛されるものを作る

明治時代に生まれたというランドセル。それは多くの大人たちが幼い頃に背負い、6年間を過ごした四角い鞄である。そんなランドセルだが、年を追うごとに購入価格も上昇しているという。ランドセル工業会の調査によると10年前の2012年と比べて、2022年の平均購入金額は150%増の56,425円となっているそう。普及した昭和30年頃と比べて教科書が大きくなることで内容量の変化があったり、傷がつきにくい素材になったりと、そこにはさまざまな要因があるようだ。

決して安いものではないが、6年間という長い期間使うモノとして考えたとき、子どもの成長を見守ってくれる相棒として良いモノを使ってほしいとも思うはず。現にさまざまな高級ランドセルが販売されるなか、早くからECやSNS戦略を立て、こだわりの製品づくりを伝えることに力を入れてきた株式会社土屋鞄製造所 (以降:土屋鞄) に注目したい。

高価な革鞄であるランドセルを中心として、今ではランドセルに限らず多くの人気商品を生み出している土屋鞄。今回はKABAN事業部推進本部の本部長である中橋竜矢 (ナカハシ タツヤ) 氏に話を伺い、ランドセル工房として創業した土屋鞄の現在までの軌跡を辿ってみた。

株式会社土屋鞄製造所
https://tsuchiya-kaban.jp/
1965 年にランドセル工房として創業した土屋鞄製造所は、鞄や小物など皮革製品を製造販売する老舗企業。「時を超えて、愛されるものを。」という想いを込めて製品を作り続けて半世紀以上。永く愛せる、シンプルで品のある佇まいを大切に、確かな技術と豊富な知識を創業時から受け継ぎ多くのファンに愛されている。

物語の始まり

土屋鞄製造所について教えてください

− 中橋氏コメント:ランドセル職人だった創業者の土屋國男 (ツチヤ クニオ) から始まり、現在は「時を超えて、愛されるものを。」をコンセプトに、鞄やお財布などの革製品の製造小売を主に行っています。

創業当時は職人として製造業のみ行っていたのを、現在の2代目代表となる土屋成範 (ツチヤ マサノリ) が家業に携わるようになって、自分たちの技術力やモノづくりをもっと知ってもらいたい、評価してほしい、という想いから小売を始めたことが大きな転機となり、現在のSPAを主軸とした事業に変化していきました。

小売への業態変更は苦労しましたか?

− 中橋氏コメント:現在の代表である土屋が入社した当時は、ランドセルの下請け工場として経営していましたが、安価な海外製品の登場や少子化の影響を受けてランドセルの販売数も激減し、一時は倒産寸前だったとも聞いています。そこから徐々に小売を始めて、最初はかなり苦労したそうなんですが、土屋は土屋鞄独自の技術力や想いを伝えて、ストーリーを売ることに力を入れました。

その甲斐あって小売の業績も伸びていき、現在の「ナラティブ (物語)」を大切にするというモデルケースができあがったんです。今では創業当時から続くランドセル以外の製品づくりにも力を入れるようになりました。

具体的にどんなものがあるのでしょう?

− 中橋氏コメント:ランドセルは今でも土屋鞄の技術が詰まった代表作ですが、現在ではその技術を活かした大人用のビジネスバッグも販売しています。天然皮革素材はもちろんですが、背中のクッション性から縫製まで、土屋鞄の職人技術をすべて詰め込んで製作する「OTONA RANDSEL (大人ランドセル)」は定番の人気商品です。

ビジネススタイルへの提案「OTONA RANDSEL (大人ランドセル)」

購入から始まる物語

中橋氏の業務内容を教えてください

− 中橋氏コメント:KABAN事業推進本部で、メイン商材でもある鞄の販売周りのディレクションからプロモーション、MD業務、ECの運営からチームマネジメントまで、事業責任者として日々取り組んでいます。

シンプルデザインとなめらかな質感が自慢の「clarte (クラルテ)」シリーズ

業務のなかで大切にしていることはありますか?

− 中橋氏コメント:今までやってきたことに疑問をもち、固定観念に捉われないことを大切にしています。例えば、過去にランドセル事業の責任者をしていた頃、出張販売会を行い自分で接客することもあったんですが、その時に男の子が赤いランドセルを持ってきて、「本当はこの色が欲しいけど買えないんだよね」と残念がっていたことがありました。

実際に現場スタッフからそういった声もありましたし、そもそも女の子のランドセルは赤色、男の子は黒色と決めつけるのはおかしいのではと思ったんです。そこで性別に関係なくお子さまの個性に合わせてランドセルを選んでもらいたいと考えて、好きな色を選べる新しいシリーズの「RECO (レコ) 」を企画販売することにしたんです。RECOはジェンダーレスで “大人でも欲しくなる色”をテーマに販売して、おかげさまで今では毎年アップデートしながら販売する人気シリーズになりました。

こういったケースのように、固定観念に捉われない商品やサービスのコンセプトをまず私たちが最初に考えてから、モノづくりを提案していくということをやっています。

ショップの役割を教えてください

− 中橋氏コメント:商品のストーリーを伝える場所です。元々土屋鞄が成長していくなかで2000年代から参入したEC事業は、スピード感をもって改修改善を行ってきたことで業績も伸び、それ以降ECをタッチポイントとして知ってもらうことが増えていきました。ですが、取り扱う商品は価格帯も決して安くはないので、ECで悩んだ方には実際にショップで商品を見てもらいたいと思っています。

そして、売場では商品が直接見られることより、ショップスタッフとのコミュニケーションを楽しんでもらいたいんです。ただの“売場”にならないように、ショップスタッフにはお客さまとのコミュニケーションや価値提供を第一に、「まず信頼関係の構築」、「売ることよりもプロセスを大切に」ということをお願いしています。

− 中橋氏コメント:土屋鞄のコンセプトでもある“時間を超えて愛される”ためにも、リアルショップの存在が重要なんです。2代目が小売を始めた際にも大切にしたのは「物語 (ストーリー) を売る」ということで、永く使ってもらうためにも背景やこだわりをしっかり知ってもらい、私たちのファンになってほしいと思います。

買って終わりじゃなく始まりになるように、無料のメンテナンスサービスや付加価値提供をショップでは行っているので、そこも含めてショップの役割は重要です。

タイムレスで普遍的なデザイン

デザインについてこだわりはありますか?

− 中橋氏コメント:「永く使ってもらうために」というところに繋がるんですが、「タイムレスなデザイン」であることを意識して、トレンドを表現する以上に定番として永く使えるものを作るようにしています。

実際に10年以上前からほぼ同じ形、同じ素材で販売しているものが売上としても上位を占めることがありますし、アパレルのシーズン概念というのはあまり考えず、プロパーで永く使ってもらうことを考えているんです。

タイムレスとは例えばどのようなものでしょうか?

− 中橋氏コメント:どんなスタイリングにも合わせやすく、馴染みやすいデザインです。ただ、そこも含めて判断するのはお客さまなので、販売するなかで定着しない商品は新作と入れ替えていくこともあります。一つの鞄をリリースするまでに、何度もデザインし直してサンプルをいくつも作って、耐久性などの試験を通して販売までたどり着くので大変ですが、過程も含めて想いをたくさん込めていることを伝えたいですね。

おすすめのアイテムを紹介してください

− 中橋氏コメント:ブランドとしてレザーの使用が多いのですが、現在はいち企業として限りある資源や環境問題にも着目しているので、環境に配慮した新しい素材にも注目しています。例えば、国内で土屋鞄が初めて採用した、きのこの菌糸体由来のレザー代替素材「Mylo™️ (マイロ)」を使用したモデルです。

「Mylo™️」で仕立てられた「ハンディLファスナー」

− 中橋氏コメント:レザー自体も製造工程の見直しや永く使える素材という点でサステナブルと言えるのですが、作り手として他の選択肢を提案することも大切だと考えており、多様な価値観に合わせたモノづくりをしていきたいと考えています。

環境に配慮されたLWG (LEATHER WORKING GROUP) という国際団体の認定を受けた革を使用することもそうですが、技術革新によるより高いクオリティの素材や製法を使って、サステナブルに繋がる新たな取り組みに積極的に挑戦していきたいです。

一期一会の出会いを大切に

お客さまへ特に伝えたいことはありますか?

− 中橋氏コメント:ショップでは一期一会を大切にしてほしいですね。私たちが主に扱っている天然皮革という素材はシボ感から染色の具合まで一つひとつ違いや個性があるので、ショップではスタッフとコミュニケーションをとりながら実物の魅力に触れて、好みや直感で選んでもらえたらと思います。

あとはとにかく愛でてほしいですね。天然皮革は乾燥に弱く、放置することで油分が抜けてしまうこともあります。とにかく愛でながら使用することが個性や味にも繋がるので、より自分だけのモノとして愛着をもって永く使ってもらえる秘訣なんです。

課題や今後の目標はありますか

− 中橋氏コメント:モノを永く大切に使うという考え方自体がもっと広まればいいなと思っています。我々が最近始めた「CRAFTCRAFTS (クラフトクラフツ)」というサービスは、リユースとリペアを中心とした事業で、今までは始めたくてもできなかったんです。土屋鞄では今までできなかった製品化後の補色も、新たに専門の職人が手掛けることで対応できるようになったので、ライフスタイルの変化で使わなくなってしまった鞄などを引き取ってリペアし、他の方に新たにお届けすることが可能になりました。

もちろんそれらは簡単なことではなく、職人の技術が要りますし、新たに作るより難しい場合もあります。ただ、会社としてモノを作る責任という観点でもこういった取り組みを通して、愛着をもって永く土屋鞄を使ってもらうという価値観をしっかりと今後も伝えていきたいです。

インタビューにお答えいただき、ありがとうございました。

物語を続ける大切さ

今はモノが簡単に手に入り、処分ができる時代といえる。ネットで簡単に安くモノが手に入り、愛着もないまま処分できるようになったが、モノを処分する時に本当にそれで良いのかと思うことが増えてきた。

実際に同様の想いを持つ企業も顕著に増えており、アパレル各社でもセカンドハンドやリユース・リペア事業は活発化している。そこには企業としてSDGsや環境保全に対しての想いも強く現れているが、そういったモノへの考え方を発信して、ブランドとしてのバリューをお客さまに伝えることが価値に繋がるのではないだろうか。

購入したときから始まる物語、壊れたら直して、ライフスタイルや何かしらの変化でそれを使わなくなったとき、また誰かに譲って物語をそこから続ける。昔から代々人はそうやってモノを受け継いできたはずだ。

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