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VMDが巻き起こす消費者の購買意欲

「メラビアンの法則」をご存知だろうか。それは人とのコミュニケーションのなかで、受け取る情報に矛盾がある場合、言語・聴覚・視覚のどの情報が優先されるかを実験して示した法則である。

例えば、「いいよ」と言っているのに、嫌そうな声色や表情をされた時、受け手は「いいよ」という言葉を信じるのか、声色や表情から「嫌だ」と受け取るのか。結果は、視覚が優先される。この場合は、「いいよ」という言葉があるにもかかわらず、「嫌だ」という声色や表情が優先され、「嫌々引き受けてくれた」と解釈されるというわけだ。

驚くのはその割合である。「言語情報7%」「聴覚情報38%」「視覚情報55%」と、視覚情報が半分も優勢に我々の判断に訴えかけるというのだ。「目は口ほどにものを言う」というのは本当で、人間は無意識に相手の表情やボディランゲージなど、非言語コミュニケーションに左右され物事を理解し、判断しているということがよくわかる。

さて、この“視覚情報”は人に限ったことだろうか。仮に話し手が売場に立つスタッフだったらどうだろう。表情や身だしなみだけでなく、店舗全体が視覚情報としてキャッチされるのではないか。どれだけ雄弁に接客ができたとしても、目に映るショップがその言葉を体現できていなければ説得力に欠けるに違いない。

そこで重要となるのが、本記事の本題であるVMDだ。取材を行ったのは、ショップの視覚情報を司るVMDを専業に行う会社、株式会社SWELL (スウェル) 。同社代表取締役の長﨑勇平 (ナガサキ ユウヘイ) 氏にVMDの役割や必要なスキル、さまざまなノウハウを伺った。本取材を機会に自社の売場を振り返り、今後のVMDに活かせるアイデアはないか、参考にしてほしい。

株式会社SWELL (スウェル)
http://s-well-jp.com
VMD (ビジュアルマーチャンダイジング) サービスを提供する企業。アパレルをはじめ、コスメやホテル、カフェなど、ジャンルや業態を制限することなく、さまざまな店舗や商品の視覚的アプローチを手掛ける。

SWELLの長﨑勇平氏

SWELLについて教えてください

− 長﨑氏コメント:VMDを専門に行う企業です。会社には自分を含めて3人のVMDと什器などをデザインするデザイナーが1人いて、少数精鋭で企業の依頼を請けています。営業職はいないんですけど、紹介をもらう形で続けてきて、現在8期目です。

独立前は株式会社ワールドでVMDをしていて、そこで先輩から「依頼をされた仕事は断るな」と教わっていました。独立後もその教え通り、紹介された仕事を断らず受け続けていたら、アパレル以外にも飲食や化粧品など、さまざまなジャンルの仕事の依頼をいただくようになりましたね。

独立のきっかけを教えてください

− 長﨑氏コメント:地元関西の大学を卒業後、 (株) ワールドに入社して最初の3年間は営業職をしていました。その後上京し、店舗や展示会のVMDとして働いていたんです。

ただ、30代半ばの中堅になってくると、「マネージャーとして管理職にならないか」と打診を受けるじゃないですか? 僕はまだまだプレイヤーでいたいと思っていたんですよね。なので、36~37歳の時に独立し、SWELLを立ち上げることにしました。

目黒区に構えるオフィス

長くアパレル業界で活躍されているんですね

− 長﨑氏コメント:本当はプロ野球選手になりたかったんですよ。大学にも野球をしに行っていました。でも、大学生になって初めて、自分より上の世界を目の当たりにしてプロにはなれないと挫折したんです。ちょうど二十歳の頃ですかね。

野球に見切りをつけた後は、バーでアルバイトを始め、月に25万程度稼ぐようになっていました。そこでハマったのが洋服ですね。それまでは制服とユニフォームしか着てないわけですからあまり洋服に詳しい方ではなかったですが、バイト仲間の先輩や友人の影響を受けて一気に興味を持つようになりました。そこからバイトの給料はほぼ服に注ぎ込むようになりましたね。

そこからは完全にファッションアディクトでした。レッドウィングのブーツとかリーバイスのヴィンテージとか当時の流行り物は全部欲しいっていうような学生で、そろそろ就職を考えないといけないと思っていたとき、たまたま目の前にワールド本社があったんです。神戸ですから (笑) 。受けてみたら採用していただき、そこから今まで、アパレル業界でずっと仕事をしています。

− 長﨑氏コメント:ちなみに社名の「SWELL」は、当時通っていた古着屋の2号店の名前です。ムーブメントを起こすとか、巻き込む、うねりという意味があって、店主のおばちゃんが、「ファッションでそれを実現したい」という思いから付けていた店名なんですよね。

社名に「SWELL」と付けたのは、その思いに共感したからです。今はショップも無くなっていますが、SWELLという名前を背負って仕事をしていたら、いつかまたおばちゃんと会える日がくるんじゃないかって期待も込めています。

SWELLが考えるVMDの役割

VMDの役割とは?

− 長﨑氏コメント:まずは利益に貢献することだと思っています。僕らのギャラ以上に、クライアントが儲けるような成果を出さないと、お互いに継続できませんからね。僕らがいる一番の意味は利益貢献です。

前職で営業職をしていた経験も活かし、売上や利益のことをクライアントの立場に立って考えるようにしています。費用対効果を考え、利益に見合ったVMDを提案するので、時には予算を下げる提案をすることもあるくらいです。

次に、顧客価値を高めることだと思っています。VMDでブランドの価値を高めることができれば、必然的にそのブランドの商品を持っている顧客の価値も上がりますよね。同時に顧客は、そのブランドの商品を身につけることで、人から褒められたり、良い評価をされたりします。VMDで顧客価値を高めることで、顧客満足度を上げることもできるんですよ。

欲しいと思わせるVMD

具体的に“技“はありますか?

− 長﨑氏コメント:利益の貢献でいうと、消費者が買う予定でなかったものをいかにして、「そう、これが欲しかった!」と思わせるかが大事ですね。

いくつかテクニックはあるけど、一つは「違和感を意図的に作る」ことかな。人はちょっとした違和感があると、無意識に興味を持つんですよ。ババ抜きで引いてほしいカードをちょっと出しておくのと一緒ですね。例えば、雑貨アイテムなどの商品が入ったバスケットを陳列させておいて、あえて2〜3個だけバスケットの外に出しておきます。そうすることで、その商品を手に取る人は絶対増えますね。

あとは、綺麗に並べすぎないこともテクニックかと。洋服などは、あまりにキチッと並べすぎると綺麗に戻すのが億劫になり、消費者は手に取りません。その証明として、畳んで並べているモノより、ラックに掛かっているモノの方が手に取られやすいですね。試しに綺麗に畳んで平置きしている服を、2~3着ぐらいをわざと崩して置いてみてほしいです。すぐに手に取る人がでてくると思いますよ。「戻しやすい=触りやすい」です。

まさに、技ですね!

− 長﨑氏コメント:厳密にはブランドやシチュエーションによってアプローチは異なるので、一概に全部「こうした方がいい」とは言えないんですけど、ブランドの顧客特性を考えることは大切です。

例えば、キッズアイテムや子どもが欲しがるアイテムは、低い位置に置くといいですね。通常のゴールデンゾーンは成人のアイレベルとなる1000mm〜1500mmといわれていますが、大人目線ではなく子どもの目線に合わせることで、子どもがモノを手に取る機会が増えます。

ディズニーランドやアメリカのショッピングセンターなどでは、子どもへのアプローチもうまく取り入れています。そのポジションに、価格が高くなくて子どもが欲しがりそうなモノを置くと、子どもが勝手に掴んで欲しいと言って駄々をこねても「このくらいなら買ってあげようか」と親も思いやすいため、購入されることが多いです。

− 長﨑氏コメント:下着や靴も顧客特性がわかりやすいと思います。アパレルショップで下着を扱う時は、手元の高さに商品を配置するといいですね。下着を選んでいるところなんて見られたくないでしょう? 手元にあると、商品は自分の背中で隠れて背後からは何を見ているのかわかりません。

靴の場合は、椅子やソファに腰掛けて試着している人の方が、立っている人より購入確度が高いです。座った時の目線の高さに一番いい商品や比較商品を置いておくといいですね。

顧客満足度を上げるVMD

顧客価値を高めるうえでの工夫はありますか?

− 長﨑氏コメント:大きく二つあって、一つはスタイリングです。「このマネキンが着ているスタイリング、このまま着用している自分を想像しただけでワクワクする! Happyになれる!」、そんな想像を提案をすることですね。それは洋服だけではなく、雑貨でも化粧品でもインテリアでも同じことです。明日からの自分が今よりも豊かになれることを想像させることが重要だと思っています。

だから逆にやらないことは、「仕方ないスタイリング」です。店頭ではよく、マネキンがあるから無理にでもスタイリングを組んでしまう時があると思います。でも、そのスタイリングがイケてないと店舗価値・ブランド価値が下がるうえに、間違ってそのまま購入して世に出られると顧客価値も下がるので、スタイリングを組めない時はマネキンごと売場から引き上げた方がいいと僕は思いますね。

それほどスタイリングは顧客価値に直結すると考えていて、せっかく買った服もイマイチうまく着こなせなかったり、周りからの評判が良くなかったりしたら二度目の来店二度とはないと思うんです。

これは僕がある恩師に教わった言葉なんですけど、「お客さんを親友やと思え。お客さんの選んだスタイリングがイケてなかったら『イケてない』って正直に伝えてあげなさい」って (笑) 。それって本当に大事なことで、親身に接することで顧客の信頼を得て、リピートにつながると思います。ちゃんと戻ってくるはずです。

もう一つとは?

− 長﨑氏コメント:装飾・演出 (Display) ですね。「その服、どこで買ったの?」と聞かれた時に、ブランドやお店を言って「あのいい店に行ってるのね」と評価されれば、そこで買っている顧客価値も相互に高まります。逆に、印象に無い場合やマイナスなイメージを持たれていれば、顧客の評価も相互に低くなり得ます。ショップにとって店頭の印象 (Display) は顧客価値を上げるために本当に重要です。

今の時代、ショップが広告やテレビCMをバンバン打つことはあまりないので、消費者からのブランドへの印象は、その店頭での体験・印象で決まります。それも怖いのは、大阪店を見たら大阪店だけのイメージが決まるのではなく、全国のそのブランドのイメージが決まることです。1店舗1店舗が、ブランドの命運を担っています。

VMDとはビジュアルコミュニケーション

VMDで大切にしていることを教えてください

− 長﨑氏コメント:MDを理解して、ちゃんと商品を好きになることですね。VMDはMDの視覚化を行う業務なので、あくまで補助です。根本にあるMDをしっかり理解しないと、売れるVMDはできません。

そもそも人の本質として、モノを買う時、その商品を十分に理解している人から買いたいという欲求があると思っています。例えば、Apple Storeでは積極的な売り込みがあるわけでもなく、家電量販店のようにポイントがつくわけでもないのに、多くの人がそこから製品を買うのは何故だと思いますか? それはスタッフ一人ひとりが商品を熟知していて、消費者へベネフィットをしっかり伝えられるからです。

そうやって商品の良いところを言葉で伝えるのがショップスタッフ、これを喋らず伝えるのがVMDですね。

喋らず伝える……難しいですよね

− 長﨑氏コメント:視覚でコミュニケーションを取るということなので、僕はVC (ヴィジュアルコミュニケーション) と呼んでいます。単純に露出を増やすことも効果的です。本当に良いと思っておすすめしたい商品であれば、スタッフが着用したり、複数か所に展示しておく。それだけでも発見の機会が増え売上に影響しますし、何より接客時の説得力を強めることもできますよね。

− 長﨑氏コメント:さらに、商品のことを十分に理解して、商品が最も魅力的に伝えられるVMD (演出・陳列) ができれば、よりよいVCが取れます。

VCが取れていないと何が起きるのかというと、例えば、正面にデザインがあるバッグを裏面で陳列してしまったり、側面を見せた方が魅力的な靴を低い位置に陳列してしまったり……。これでは、商品を手に取るか、ショップスタッフに説明してもらうまで、顧客はその商品の魅力に気づくことができません。VMDで商品の魅力を伝えられないことで、売り手も買い手も双方が売買の機会を損失してしまいます。

そのためSWELLでは、クライアントのブランドや商品を理解し、好きになったうえで仕事を行います。自分の友人を別の友人に紹介する時、その人のいいところを添えて紹介するでしょ? それと一緒で、そのブランドや商品のいいところが顧客にわかるようにアウトプットします。

− 長﨑氏コメント:商品の特性や魅力を理解したVMDができれば、たとえ消費者とスタッフ間でコミュニケーションが取れなかった場合でも、顧客に商品の良さを訴えかけられる、気づいてもらえると信じています。

インタビューにお答えいただき、ありがとうございました。

効果のあるVMDとは

「VMDに必要なことは買い物が好きなこと」と長﨑氏は言う。いかにブランドを理解しきって、好きになるか、買い手の気持ちになりきることで自ずとVMDの正解が見えてくるのだという。それが彼の言う「顧客特性を知る」ことなのだろう(実際に実行する長﨑氏の姿勢は「顧客になる」に近いと感じた) 。

加えて長﨑氏はクライアントの立場にもなり、利益に見合った提案をする。「だから安いんですよね」と笑う彼の取引先からの信頼は、厚いに違いない。予算に合わせたVMDで、いかに消費者の購買意欲を動かすか。SWELLのこのマインドと実績こそが、営業をすることなく事業を継続させている理由の一つなのだろう。

売り手と買い手、それぞれの心を理解しきったその先に、本当に効果のあるVMDが誕生するのかもしれない。

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