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人の暮らしを見つめたブランドづくり
セレクトショップが商品を選んで仕入れるとき、そこには様々な想いや思惑がある。店舗として運営をしている以上はモノが売れなくてはならないし、数字を出さなければいけない。マーケットインの発想から、良くも悪くも消費者に寄り添ったMDに偏ってしまうこともあるだろう。
そうして市場を意識しすぎたラインナップは、自分たちがエンドユーザーに届けたい想いや発信したいメッセージを伝わりにくくしたり、ショップやブランドとしての価値を下げる結果を招きかねない。
ブランドコンセプトを大切にしながら、本当に良いと思えるものだけをエンドユーザーに提案し続けるためにどうすれば良いのか、多くのセレクトショップが常に模索する課題だ。
「ブランドとして自分たちが伝えたいこと、表現したいことを、妥協せず貫いてきたことが今につながっているんだと思います。」日本の工芸品を中心にセレクトするブランド「雨晴(アマハレ)」の主人である金子憲一(カネコ ケンイチ)氏が語る言葉からは、その課題への向き合い方やヒントが見てとれた。
コンセプトメイキングを大切にし、独自のフィルターで「作り手」と「エンドユーザー」をつなぐ「場」を創ることの重要性と、目まぐるしく変化するオンライン時代の価値発信にどう向き合っていくのか。前編では、金子氏が持つ「主人」と「ディレクター」という二つの顔から、「雨晴」に迫っていく。
雨晴 / AMAHARE https://amahare.jp 「雨の日も晴れの日も心からくつろげるくらし」をコンセプトに、現代の日本人にとって本当に心地よいくらしをお客様と作り手と共に一緒に考えるブランド。自然に寄り添いながら、日本各地の作家・職人が生み出す器や花器、オブジェ、盆栽などの工芸品を中心にセレクトを行う。東京都港区白金台のメインストリート、プラチナ通りに構える店舗では、様々な作家の展覧会を定期的に開催している。
自然を感じられる心地よい“くらし”
「雨晴」について教えてください。
− 金子氏コメント:「雨晴」を開業したのは2015年12月です。先輩が多いこの業界において工芸品の店としてはまだまだ若輩もので、ようやく今年5年目を迎えました。ブランド名の「雨晴」は「雨の日も晴れの日も心からくつろげるくらし」というコンセプトから来ています。
昔から日本人は自然と寄り添って生活をしてきましたが、現代の日本では、それも特に都会では意識をしないと自然に触れることがなかなかできません。本当に心地よい暮らしとはどういうモノなのかを考えた時、遠すぎず近すぎず、自然とのちょうどいい距離感を持ったくらしが望ましいのではないかと思い、そこを頼りにコンセプトを作っていきました。
自然とのちょうどいい距離感とはどういうものでしょうか?
−金子氏コメント:意識しなければ自然に触れられない都会で多くの人が実践しているのが、日々の暮らしで重きを置く家の中に、植物などを飾ることではないでしょうか。でも、自然を日々の生活に取り入れる方法は植物を飾ることだけではないと思うんです。
工芸品を作っている作家は地方在住者が多く、扱う素材や原料もその地域のものであったり、その土地にある自然のものを使っています。そこに土があったから焼き物を作る、良い木があったから加工する、みたいに日本の工芸品というのは自然から作られた、いわば自然の塊みたいなモノなのだと考えています。
だからそういう工芸品を暮らしに取り入れるということは、自然を身近に感じることであり、適度な自然との距離を保つことに繋がるのではないでしょうか。
主人としての役割とコンセプトワーク
金子さんの「主人」と「ディレクター」という仕事について教えてください。
−金子氏コメント:「雨晴」での僕の肩書は「主人」です。「店主 (店長) 」は代々別の方にお願いしていて、お店の運営は基本その方にお任せしているんです。「主人」は雨晴の看板のような立ち位置で、お店づくりの意思決定を担っています。大きく言えば事業運営、細かいところで言うと常設品として現在約40件ほどある取引先の基本的な品揃えの選定に加え、月に一度の展覧会のプランニングやPR、店頭でのイベント実施にメディア対応など、ブランド運営をゼロからイチにしていくほとんどの作業が僕の役割です。
今ではブランドの立ち上げから数年が経ったこともあり、「雨晴」の「主人」として培ってきたノウハウが評価され、工芸品の分野の中で他社からのご依頼やご相談を受けることも増えてきました。
− 金子氏コメント:「ディレクター」を名乗るのは、主にBtoB向けの工芸品のディレクション業務を請け負う時です。「雨晴」のブランドではなく、先方の世界感を重視して他社と協業を行うこともあるので、外部のロケーションでディレクションをするときは「ディレクター」という立ち位置で仕事をしています。
小売店やホテル、飲食店、空港などでも工芸品の選定から時にはディスプレイまで承っています。今では僕の1週間の仕事のうち、約8割ほどはディレクターとしての裏方の仕事です。
これまでどのようなディレクションをされているのでしょうか?
− 金子氏コメント:今から3年ほど前、株式会社ACME様が「JOURNAL STANDARD SQUARE」という業態を立ち上げたとき、工芸品コーナーのMDのご依頼をいただいたんです。渋谷の路面店の企画でしたので白金台にある雨晴の店舗よりもお客様の年齢層が若くなることなども考慮しました。工芸品に対しても分かりやすくカジュアル感のあるアプローチが必要だと思ったので、色で記号化することを提案しました。
ジャーナルスタンダードのデニムや雨晴の雨のイメージから「青」と、晴の柔らかな光をイメージする「白」で「あおとしろ」というブランドを一緒に作り、青と白の二つの色の組み合わせの中での工芸品の楽しみ方をディレクションしました。
コンセプトで工芸品を魅せる
工芸品を通じてディレクションをする上で大切なことはなんでしょうか?
− 金子氏コメント:例えばいくつかの地域の工芸品を探す場合、その地域の中で人気や認知度の高い作り手のものを選びがちです。もちろんその方々の作品は優れたものが多く魅力的なのですが、いざ組み合わせて使おうとすると必ずしもお互いを引き立て会う関係にならないことがあるんです。結果それぞれの作品のよさが伝わりにくく、販売に繋がらないということが起こるのではないでしょうか。
どうしてもモノにフォーカスしてしまいがちなので、しっかりとコンセプトを考えることが何を伝えるべきかの答えを導くヒントになります。工芸品の魅力はどこでどのように見ていただくかによって、伝わり方が全く異なるので、歴史や知名度に頼るのではなく選定する側の基準がとても重要だと思います。
外部の方とお仕事をする中で感じるのは、その方々が理想とする工芸品の情報が必ずしも届いていないことです。そのために無駄な時間を費やしていたり、時には先方が納得できないまま仕事が進んでいるのでは、と思う場面が何度かありました。そのミスマッチを無くすという役割も工芸品のディレクターとしての大切な仕事だと思っています。
だからコンセプトワークが重要なんですね。
− 金子氏コメント:良い作品を扱いたいという個人的な欲求だけでなく、本来伝えるべきものは何かというコンセプトをしっかり考えることが重要だと思います。
有名な誰かの素晴らしい工芸品を扱うことが大切なのではなくて、自分たちが表現したいものやお客様に伝えたい、共有したいという想い、そういうコンセプトをもって作り手の方や作品と向き合うことが重要だと常に僕たちは意識しています。
進むDtoCとセレクトショップ
− 金子氏コメント:コンセプトワークが重要だと考えている理由はもうひとつあります。今や私たちのようなショップを介さなくても作り手が自分自身でブランディングを行い、発信していける環境が整ってきました。
SNSなど手軽に作家とエンドユーザーでコミュニケーションを取る方法があり、直接取引もできるので、DtoCは今後も進んでいくと思います。作り手の想いや意思も直接伝わるのだから双方にとって望ましいかたちでもあるでしょう。
そうなっていくとセレクトショップの役割は失われていくのでしょうか?
− 金子氏コメント:作家とエンドユーザーが直接繋がることのできるこの時代に、僕たち「雨晴」のようなセレクトショップがすべきことは、そんなに多くはないと思います。
大切なのは作り手と伴走しながらブランディングに積極的に関わっていくことだと考えています。結果、新しいお客様に情報が届くようになるでしょうし、既存のお客様にとってはその作り手の新たな一面を知ることになります。DtoCというかたちでのコミュニケーションは私達にとっては大歓迎です。お客様と作り手との結びつきが強くなるとその輪の中にいる私達も共通の話題が増えるので顧客との距離が縮まるんですよ。
DtoCは止められない、だからこそより多くの人たちに工芸品の良さを知ってもらうため働きかけることが、「作り手」と「エンドユーザー」を繋ぎ、新たな場を創ることになっていくのではないでしょうか。
次回、「「雨晴」が目指す、自然のある暮らし <後編> 」に続きます …
変化するセレクトショップの役割
様々な変化の中で消費のオンライン化が進み、実店舗の役割やその在り方について我々業界関係者は頭を悩ませる日々だ。いち早く変化に気付きニューノーマルに対応していくことが迫られる今、エンドユーザーはセレクトショップに何を求めているのか。
歴史やその土地ならではの特徴が顕著に現れる日本の工芸は、エンドユーザーはもちろん私たちも知らないモノがまだまだある。金子氏はそこに「雨晴」としての役割を見出し、世の中に貢献していける方法なのだと語ってくれた。これまで以上に自分たちだけのキュレーション力を発揮していかなければならないセレクトショップにとって、素材や生産の手法などに加え、作り手のこだわりや生産のストーリーが詰まった工芸品という存在は、ヒントを与えてくれる存在になるのではないか。
後編では、作り手と雨晴が考える暮らしの提案とともに、雨晴が目指す「日本一の品揃えのブランド」という目標について紐解いていく。