2022.02.08.tue

100人の魅力を引き出すスタイリスト池田敬氏

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スタイリスト池田敬氏とは

職業の証明は時に曖昧だ。建築士や美容師など、ライセンスを要する職は明確である一方、デザイナーやアーティストなどは、極論をいえば誰もが名乗ることができる。自身のスキルは実績や経験から証明するより他ない。誰もが名乗れるが故に、実力がなければなりわいにすることが難しいと言えるだろう。

今回、我々が取材を行ったスタイリストという職業もその一つ。「スタイリストですと名乗ってしまえば、皆スタイリストになれちゃいます」。そう話すのは、メンズ・レディス問わず、ファッション雑誌を中心に幅広く活躍するスタイリストの池田敬 (イケダ タカシ) 氏。スタイリストは黒子だからと、滅多に媒体に出ない彼に貴重な時間を頂戴した。

池田敬 (イケダ タカシ) 
https://www.instagram.com/takashi_ikeda/スタイリスト近藤昌氏のビジネス力の秘密」で紹介した近藤昌氏との出会いからスタイリストの道に進み、安西こずえ氏に師事し、その後独立。メンズ、レディスを問わず、ファッション誌や広告を中心に著名人やスポーツ選手などのスタイリングを手掛け、幅広い層から支持されている。

昨今のSNSの普及により、身のまわりのモノやコトを魅力的に見せるインフルエンサーが増えるなか、プロとして一線を画し活躍し続けるスタイリストの池田氏。彼のスタイリングが人の目を引く理由、数々の媒体やモデルが彼を信頼する理由、その興味深い裏側を探る。

好きなことで生きる幸せ

スタイリストになった経緯を教えてください

− 池田氏コメント:「好きなことでご飯が食べたい」と思っていました。実は10代の頃はバレーボールをしていて、当時はその道で食べていきたいと考えていたんです。ところが、目指していた実業団が廃部になってしまい、バレーボールの道を断念しました。

そこで、もう一つの好きなことである「ファッション」を仕事にしてみようと考えはじめたんです。販売経験もあったので、ショップに勤めるという手もありましたが、そのショップのブランドだけではなく、いろいろなブランドを知りたいという思いからスタイリストに興味を持ちました。

ご縁があり、近藤昌氏や安西こずえ氏に師事し、その後独立して15年ほど経ちます。この15年間で、雑誌やテレビ、WEBなど、さまざまな媒体でスタイリングの仕事を請けてきました。内容は帯番組や広告など多目的での依頼があり、スタイリング対象もモデルだけでなく、俳優やスポーツ選手など幅広く携わることができています。

池田氏とナノ・ユニバースとのコラボアイテム

女性も多くスタイリングされていますよね

− 池田氏コメント:駆け出しの頃は、「Men’s Club」などのメンズ雑誌でスーツのスタイリングをすることに憧れていましたが、安西こずえ氏が女性誌の仕事をしていた影響もあって、レディスのスタイリングをする機会も徐々に増えていきました。そもそも雑誌の数がメンズに比べてレディスの方が多いこともあり、今ではレディスの仕事が多いですね。

ありがたいことに、「やりたいな」と思っていたスタイリストとしての仕事は満遍なくできています。一方で、それまで興味がなかったジャンルのスタイリングを引き受けたり、朝早くから夜遅くまでひっきりなしに働いたりと苦労も多く、駆け出しの頃に思い描いていたスタイリスト業とは違うなと感じることもありました。

それでも、スタイリスト以外の仕事はできないと断言できるくらいファッションが好きですし、この仕事が好きです。この仕事でご飯を食べて、家族を養えていることを幸せに思っています。

男性がするレディスのスタイリング

スタイリングで心掛けていることは?

− 池田氏コメント:メンズ視点でのスタイリングの強みを活かすことですね。レディスに限っていうと、凛とした、品の良い女性づくりを心掛けています。だらしなく見えない、綺麗なかっこよさといえば良いのかな。僕の感覚では、女性は女性というだけで甘く、フェミニンに仕上がっているので、もともと持つ女性らしさのなかに少しかっこよさ=メンズライクを入れるようにしています。それを、男性目線でできることが僕の強みです。

男女でスタイリングの違いはありますか?

− 池田氏コメント:男性に比べ、女性は圧倒的にアイテム数が多いですよね。メンズにはないスカートやワンピースだけではなく、メイクやアクセサリー、色や形まで含めるととても比になりません。これを男である僕がスタイリングするためには、日々勉強が必要です。

ただ、僕は雑誌を見たり読んだりすることが苦ではないので、自然と楽しく学べています。メンズでできないような色合わせで遊んだり、それを可愛いと言ってもらえたり、使用アイテムが売れていると聞くと、次へのモチベーションにつながりますね。

それぞれの良さを取り入れた提案

仕事をするなかでショップに対して思うことはありますか?

− 池田氏コメント:ショップといっても、ラグジュアリーブランドやファストファッション、セレクトショップで毛色が異なるので、一緒くたに言うことは難しいですが、ラグジュアリーブランドは、やはり着ていて「へえ」と心が動く“何か”があります。

Tシャツ1枚のような、一つのアイテムでも今っぽくなれると思うんです。着心地も金額に見合っていて、着ていて気持ちが良いので、それだけでモノの良さが伝わるはずです。なにより着ている本人のテンションが上がりますよね。

また、セレクトショップはとにかく便利! 行けばラグジュアリーブランドを含め、さまざまなブランドの物が揃っており、今っぽい物も必ず置いてあります。PBも色や形が豊富なので、ブランドアイテムと混ぜると自分らしい着こなしを上手く作れる気がします。

ぜひ、スタイリスト視点からセレクトショップに向けて改善点も教えてください!

− 池田氏コメント:全てのセレクトショップが、というわけではないですが、少し惜しいなと思うことはあります。スタイリングでいえば、甘い×甘いで組んでいたり、オリジナルのデザインでいえば、メリハリがなかったり……。トレンドを何でも足せばいいというわけではないと思うので、スタイリングでも洋服のデザインでも“引き算”ができれば、もっと綺麗に見せる提案ができると思います。

セレクトショップやラグジュアリーブランド、ファストファッションも、それぞれの洋服の良さを理解し、足し引きの役割を持たせた上でスタイリングをすることが重要ですね。組み合わせ次第では、相乗効果で全体を高見せすることもできます。アイテム単体ではなく、トータルのバランスを見て、魅力的に映る提案をすることを心掛けてみるといいかもしれません。

スタイリストに求められること

今、スタイリストの役割とは?

− 池田氏コメント:今も昔も変わらず、人を格好良くすること、綺麗にすることがスタイリストの役目だと思っています。

変わったことといえば、今はSNSを使って自ら発信している人も多く、とにかく情報量が多いですよね。モデルやタレントと同じくらいインスタグラマーやYouTuberなど、インフルエンサーの知名度が上がっています。そんな矢先のコロナショックで、衣食住の「衣」が本当に必要かどうか問われる時代に突入しました。「スタイリストの仕事って誰にでもできるのでは?」と、僕らの存在意義が試される過渡期なのかもしれません。

僕自身、そんな時代の移り変わりに対して恐怖心がないとは言い切れません。しかし、「SNSはSNSの良さでしかない」とも思っています。例えば、SNSから「自分を素敵に見せられる人」がたくさん出てきたとしても、その人は僕たちスタイリストがしているような“100人いたら100人を魅力的に見せる”仕事はできないのではないかと思うんです。

自分とは違う他人を魅力的に見せること、それは自分を良く見せることとは別のスキルが必要だからです。これは、誰にでも簡単にできることではありません。ロケーションや光、ポージングまで考えて、その人その人を魅力的に見せること、それこそがスタイリストの役割です。

スタイリストに必要なスキル

スタイリストに必要なことは何ですか?

− 池田氏コメント:提案力ですね。やはりお洒落な提案が大切です。見た人があっと思う面白い提案ができるか、着たい、買いたいと思う提案ができるか。つまり、人の心を動かせるスタイリングができることが、スタイリストにとって必要なスキルだと思います。スタイリストは、あくまで黒子的な存在だと思っているので、自分が前に出るより、人を見せたいように見せられることが一番ですね。

個人的な信念は、「為せば成る (為さねば成らぬ 何事も) 」なので、夢を描いて信じて行動し続ければ叶うとも思っています。スタイリストになりたいのであれば、好きなタレントの服を知る、ブランドを知る、そのために雑誌を読むなど、知識をつけるために取り組めることはいろいろあります。便利な時代だからこそ、地道に突き詰められる人が夢を叶えられるのではないでしょうか。

実際に、僕はスタイリストで食べていく夢を叶える過程でたくさん学び、苦労もしました。その時の経験が今、自信となって支えてくれているので、100体をスタイリングするような大きな仕事も自信を持って受けられます。

最後に今後の目標を教えてください

− 池田氏コメント:全雑誌を制覇したいですね。メンズがやるスタイリングの強みを活かして、目を引くページを作りたいです。それを全誌でできたら嬉しいなと思っています。「スタイリストで食べていく」という夢は叶いましたが、まだまだやりたいことはたくさんあるんです。そのために、今何をしなければいけないかをしっかりと考え、自分を信じて突き進んでいきます。

インタビューにお答えいただき、ありがとうございました。

夢と苦労が育てる提案力

ライフスタイル業界では一般的に、主婦を意識した「女性目線」がウケる傾向にあるが、クリエイティブな業界や美容業界では、男性が女性に対して提案する場面が見受けられる。今回の池田氏に見るスタイリストやメイクアップアーティスト、ヘアメイクもそうだ。

これは、セレクトショップでの接客にも活かせるのではないか。「プロの男性目線」として、女性のファッションやコスメのスタイル提案をすることは実際、一定数の需要があるといえる。

もう一つ特筆すべきは、プロのスタイリストの独自スキルである「提案力」の重要性だ。モノを最大限魅力的に見せるためには、モノ単体の良さだけではなく、アイテム同士の組み合わせから生まれる良さを活かす必要がある。その「スタイリングスキル=編集力」は、各企業の提案の場となる売場づくりにも欠かせない要素だろう。

便利なことはいいことだ。どんなに小さな企業でも個人でも、コストを最小限に抑えたうえで、モノを見せる場が今の世の中には整備されている。一方で、簡単にそれらしく見せることができ、いわゆる“映える”雰囲気のモノで溢れている時代でもある。

“一億総発信者”ともいうべきSNS全盛の現代で、池田氏がスタイリストとして立ち位置を定めるまでには、泥沼を歩くかのようなすさまじい苦労もあったことが推察された。スタート地点に立ったその先に進むことが、どれだけ難しいことか。今日のビジネスは、そこからが長い道のりなのだろう。池田氏がいう「夢」をどこまで具体的に描くことができるのか、その夢に対してどこまで実直に「苦労」できるのか。アウトプットのカタチは、夢と苦労の密度で変わるに違いない。

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