2022.09.27.tue

時代と心の変化に寄り添うデザイン

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見せるファッションから寄り添うファッションへ

コロナショックで一度は落ち込んだファッション業界も、ようやく売上げに回復の兆しが見えてきたところだが、一方、ロシアのウクライナに対する軍事侵攻による経済的影響が新たな影を見せている。エネルギーや原材料の価格高騰によって、大きな影響が世界の経済全体に波及しているのは誰もが肌で感じているだろう。

消費が増えて景気が良いときに起こる「良いインフレ」と、景気とは関係なく紛争などが原因で資源の高騰によって起こる「悪いインフレ」とがあるが、今はまさに後者の悪いインフレの時代に差し掛かっている。つまり、消費がまた停滞してしまう可能性が否めないのだ。

今年の春に経済産業省は、2030年に向けて繊維産業の海外市場の拡大を予測し、グローバル化体制の構築やサステナビリティの取り組みの強化、ビジネスモデルのデジタル化など、ファッション業界に期待を込めたヴィジョンを発表したところだった。しかし、焦点はその前に消費者の購買行動に向けられる必要がありそうだ。

予測できない社会情勢で誰しもが経済的な不安を抱える昨今、消費者はどんな想いで洋服を選んでいくのだろうか。ファッション業界全体を盛り上げるために、この先消費者が洋服に何を求めていくのか、その価値観の変化を知らなくてはならないだろう。

今回MMD TIMESは、これからの社会動向や課題、人々の心の変化を敏感にキャッチしつつ、日常のワードローブとなるようなファッションを提案している、マツオインターナショナル株式会社の自社ブランド「Dw2R (ディ・ダヴル・トゥアール)」を取材した。話を伺ったのはデザイナーの井野和美 (イノ カズミ) 氏。デザインの観点から変化し続ける社会情勢にどのように向き合っているのか、その真髄を探る。

マツオインターナショナル株式会社
https://www.matsuo-international.com/
1985年に株式会社センソユニコとして創業し、2007年に現在の社名に変更。東京と大阪に本社を構える。美しいシルエット、意外なデザインや素材の組み合わせを大切にしているオリジナルの11ブランドと他社ブランドを取り扱い、全国に約300店舗の個性あるレディースファッションのセレクトショップを展開。日本の人口減少と少子高齢化、過剰な商業施設、グローバリゼーションというさまざまな課題を始めとした社会問題と向き合う志を持つ。ひいては日本のモノづくりを世界に発信し続けている。

着る人目線のデザイン

Dw2Rを立ち上げたきっかけと井野氏の業務を教えてください

− 井野氏コメント:かつてマツオインターナショナルの自社ブランドの多くは、1点でコーディネートが仕上がるようなデザインが中心でした。しかし、これまでとは違いクローゼットに並ぶデイリーなワードローブとして、もっと身近なトレンド感あるカジュアルウェアを展開しようという試みで、2003年にDw2Rが生まれました。

当時、私はアシスタントデザイナーでしたが2011年にデザイナーとして就任し、このブランドをメインにデザインをしています。今では当社のセレクトショップ「LrdR New Normal (エルアールディーアール ニューノーマル)」の主力ブランドとしてDw2Rは展開しています。

Dw2R (ディ・ダヴル・トゥアール)
https://dw2r.storeinfo.jp/
2003年にマツオインターナショナルの自社ブランドの一つとして立ち上げたファッションブランド。Dw2Rは「DWWR (デイリーウェア・ワードローブ)」の意味で、同社他ブランドのオフボディな雰囲気とは一味違った、毎日着たくなるようなワードローブとなる洋服を展開している。アメリカでデザインの知識と経験を積んだ井野和美 (イノ カズミ) 氏が2011年よりデザイナーとして就任。心にゆとりを持てる着心地に、ちょっぴりの緊張感が合わさった、毎日のコーディネートが楽しくなる世界観を作り上げている。

デザインで大切にされていることはなんですか? 

− 井野氏コメント:「着る人が幸せになるためのデザイン」を大切にしていますね。そういう意識になったのには理由があります。

実は以前のDw2Rのデザインは、今とは全然違っていました。その頃は、私のデザインを見た社長から「これはいったいどんな人が着るの?」と訊かれることが何度かあったんです。また、当社ではイベントの現場にデザイナーの私自身も立つことがあるのですが、あるイベントでお客さまに「これはどんな人に向けての洋服なんですか?」という厳しい言葉をいただいたこともありました。

しかし、当時はそういったご意見をいただいても、どこかピンときていませんでした。今思えば、それまでの私にとってデザインは自己表現する場所の一つだったからかもしれません。海外ファッション誌に載るようなクールで尖ったものを作り、そういったデザインがファッションをリードしていくべきだと信じていたのか、ブランドにとって最も身近なお客さまの気持ちには、あまり寄り添っていなかったように思います。

ところが、ある出来事がきっかけで考え方が一変します。イベントに元気のないお客さまが来店されたときのことです。そのお客さまが私のデザインしたアイテムを着たときに、「今日は悲しいことがあったんですが、この洋服を着たらとても元気になりました!」と笑顔で話してくださいました。

− 井野氏コメント:そのひと言は私にとって衝撃的でしたね。「自分の作る洋服でお客さまを幸せにできるんだ」ということに気づかされました。

こうした経緯で、“見せるデザイン”ではなく“着る人の気持ちに寄り添うデザイン”を作ろうという意識に変わっていきました。それはつまり、着る人が元気になれるように、着る人目線でデザインを考えていくということです。

そして今までの社長のアドバイスやお客さまの意見が、ようやく腑に落ちました。イベント時に現場でデザイナー本人がお客さまとコミュニケーションが取れる当社の制度は、こうやって大切なことに気づける場でもあるので、とてもありがたいですね。

テーマと着心地が綾なすDw2Rのワードローブ

商品化までの流れやデザインするためのこだわりを教えてください

− 井野氏コメント:新作は年に4回発表していて、商品化するまでの流れは「テーマ設定」「素材選定」「デザイン」の順番で行います。

テーマの設定は、その時の社会情勢などから人々の心情を捉えて、少し先を見据えて考えていますね。例えば、今期のAWのテーマは「Unexpected (予測不可能な世界)」と決めました。これは、新型コロナウイルス感染症の拡大や、終わりの見えないロシア・ウクライナ戦争などのように、「たとえこれからまた予期せぬ事態が起きたとしても、私たちはしっかり前を向いて柔軟に変化していこう」というメッセージが込められたものです。実際にそういったメッセージを入れたTシャツも作りました。

素材に関しては、とにかく着心地を重視しているので、基本的に重たい材質や肌に刺激があるようなものは使いません。

− 井野氏コメント:ただ、時にはデザインを重視して伸縮性のない素材が必要となることもあるので、そういう場合は異素材を組み合わせるなど工夫をします。

たとえば、織物素材を使用すると、ウエスト部分が伸びずきつくなってしまうので、そこにリブを使用して伸縮性を持たせます。また、革製品のジャケットは、どうしても腕の辺りが窮屈になりがちなので、脇の部分に伸縮性のあるポンチ素材を使ったりします。

デザインは着心地に沿って仕上げていくので、箇所によって細かく素材が異なり、最終的にパタンナーに渡す指示書の欄はいつも私のアイデアでいっぱいです。

商品の特徴と魅力を教えてください

− 井野氏コメント:どの商品も、お客さま自身が家のクローゼットに並ぶ洋服と簡単に組み合わせられるような、着回しが利くデザインにしているのが特徴です。

例えば2022年AWのカットソーの場合、どのワードローブにも合うよう、総柄ではなくワンポイントにして主張しすぎないデザインを施しています。他にも素材の観点で言えば、繰り返し着られるように傷みにくい丈夫な素材や、さらに夏ものは簡単に洗える素材を使っています。

色柄はオリジナルで作成していて、どことなくインポート風な雰囲気がありますが、着心地の追究や使用素材の気遣いには日本らしい美徳が表れ、それがこのブランドの独自の魅力になっているのではないでしょうか。

チャレンジし続けるDw2R

ブランドを通してお客さまに伝えたいことはありますか?

− 井野氏コメント:今まで手に取らなかった洋服にもどんどんチャレンジしてもらいたいです。人は歳を重ねるごとに保守的となって、どうしても自分の世界がせばまってしまうときもありますよね。洋服選びでも自分に似合う似合わないという固定観念が植え付けられて、新しい商品に触れる機会が少なくなっていくのではないでしょうか。

そこで、私はお客さまに普段は着ないような洋服も提案しています。勇気を持っていつもと違う洋服にチャレンジして、世界観を広げてほしいからです。

お客さまのなかでも、このブランドを身に付けたらパートナーからすごく褒められたという声をよく聞きますし、自分で思っている以上に似合っているものって実はあると思います。私も個人的に、より世界が広がるよう新しい洋服にチャレンジしている日々です。

今後のDw2Rの展望をお聞かせください

− 井野氏コメント:社会情勢は予測できずこれからも目まぐるしく変化していくでしょうから、誰もが不安になることもあります。そんななか、消費者の方々がさらに元気になってもらえるようなファッションをもっともっと生み出していきたいと思っています。 

そのためには、年代ごとの体型や悩みを熟知したり、体型が綺麗に見えるシルエットを研究したりなど、これからも着る人の気持ちに寄り添ったデザインを研究していかなくてはなりません。

たとえば、年齢を重ねて体型にも変化が出る40代の方が、20代向けの洋服を着るのは難しいですよね。それはどうして難しいのか、どのように改善すればいいのか、それを知るために20代向けの商品を実際に購入して、変化する体系でも綺麗に見える色やシルエットを研究しています。

− 井野氏コメント:また、歳を重ねた方は少し高価でも着心地が良く上品に見える素材が適していると思いますので、なるべくそういった素材を選びますが、とはいえ価格を大幅に上げることはしたくないので、そうした調整も考えていくという課題があります。

当社では幸い、デザイナーがイベントで直接お客さまの声を聞ける機会がありますから、これからもお客さまの声に耳を傾け、コミュニケーションを重ねて、より一層着る人を幸せにできるような商品を作っていきたいと思います。

インタビューにお答えいただき、ありがとうございました。

時代背景と人の心に寄り添うデザイン

ファッションデザインには、単に着る人を美しく見せるというだけではなく、人々をポジティブな気持ちで生活できるように促す大きな役割があるようだ。

井野氏はその役割の重要さを、イベントの現場に立つことで実感している。そして変わりゆく時代背景とそこに生きる人々の心情を、顧客の声にしっかり耳を傾けることでうまくキャッチし、デザインに活かしているのだ。

また、これから予測不可能な世界のなかでも多くの人が輝けるようにと、日々デザインの研究を重ねている。こうした努力によって、ファッション業界の「悪いインフレ」から抜け出せる糸口が見つかるのかもしれない。

消費者のライフスタイルを大切に考えるファッション市場は、今後さらに盛り上がりを見せるだろう。その一翼を担う同ブランドの日々の追究から、どのように繰り広げられるのか、とても楽しみである。

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