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リブランディングを牽引する二人

「NANO universe (ナノ・ユニバース)」のロゴデザインが5年ぶりに変わった。ここには25年を迎えようとしているブランドの、これから先の25年を見据えた決意と覚悟が詰まっている。

株式会社TSIが同ブランドのリブランディングを発表したのは、今年2022年のはじめだった。2022年3月から始動した本プロジェクトは、2024年までの約3年間で段階的に行う長期的なもの。そこに新しくクリエイティブディレクターとして抜擢されたのが、同社の中田浩史 (ナカタ ヒロシ) 氏。そして中田氏のブレーンとしてブランド全体のVM (VMD) を担うのが、「堀田健一郎氏の考えるVM」でも紹介した堀田健一郎 (ホッタ ケンイチロウ) 氏である。

今回MMD TIMESは、この2名に取材を行い、リブランディングに込める想いや戦略、セレクトショップの現状や抱える課題などを伺った。長期的に経営を続けるうえでセレクトショップに必要なこと、あるべき姿とはどのようなものなのか。二人が表現し始めたブランドの未来を作る“答え”を探っていく。

NANO universe (ナノ・ユニバース)
https://store.nanouniverse.jp/
1999年にセレクトショップとして東京・渋谷にオープン。2022年3月からリブランディングをスタートした。25周年を迎える2024年に向け、6レーベル+ゴルフレーベルからなる“マルチレーベルストア”として生まれ変わる。アイテムジャンルや価格のレンジを広げ、さまざまなニーズ、多様性に応えるブランドを目指す。
(左) 中田氏 (右) 堀田氏
対談メンバー:
中田浩史 HIROSHI NAKATA
「ISSEY MIYAKE (イッセイミヤケ)」出身。のちにTSIホールディングスのグループ会社だったアングローバルで取締役を務め、「MARGARET HOWELL (マーガレット・ハウエル)」、「SEVEN BY SEVEN (セブン バイ セブン)」、「ダイスアンドダイス」などの事業に携わる。現在はNANO universe (ナノ・ユニバース)のクリエイティブディレクターと、TSIホールディングス傘下の「and wander (アンドワンダー)」の社長を兼任。

堀田健一郎 KENICHIRO HOTTA
ヴィジュアル・マーチャンダイジング・スタジオ株式会社<以下VMS>代表取締役社長 兼 ワールド・モード・ホールディングスの上席執行役員。23歳の時、「BEAMS (ビームス)」の販売スタッフとしてアパレル業界へ。転職先の「イッセイミヤケ」で青山店の店長を経て、新設されたVMD部署の責任者に抜擢される。その後「Dolce&Gabbana Japan (ドルチェ&ガッバーナ ジャパン)」や「Louis Vuitton Japan (ルイ・ヴィトン ジャパン)」のVM責任者を務め、2019年3月にVMを主軸事業とする会社であるVMS (VISUAL MERCHANDISING STUDIO株式会社) を設立。

中田浩史 × 堀田健一郎 というタッグ

お二人は以前からのお知り合いなんですか?

− 中田氏コメント:もう20年以上の付き合いになりますね。堀田さんとはイッセイミヤケ時代に出会って、そこから年に1〜2回顔を合わせる関係が続いています。

− 堀田氏コメント:僕がイッセイミヤケの青山店に店長として就任した初月に大ゴケしてしまって……。その時お叱りにきてくださったのが当時MDを務めていらした中田さんでした(笑) お互いに会社が変わってもご縁が続いて、僕が自分の会社を立ち上げてVM専業の仕事を始めてからも、「and wander (アンドワンダー)」でオファーをいただくなど、公私共にお世話になっています。

− 中田氏コメント:大ゴケと言っても初月だけで、その後に黄金伝説が続くから全く問題なかったですけどね(笑) その当時から彼にはVMの素質があると感じていましたが、独立してからは更に磨きがかかったように思います。

VMSアカデミーにて指導する堀田氏

今回、堀田氏へ声をかけた理由は?

− 中田氏コメント:VMの実力はもちろんですが、彼の“起動力”に期待しています。学校で学生たちにVMの指導をしているということも聞いていて、伝達や指導への期待が持てたのでオファーをしました。というのもナノ・ユニバースは今現在、全国に65の店舗があり、この規模のVMを一人で賄うには本人の力と同じくらい現場のスタッフを引っ張っていく力が求められると思ったからです。その点、彼の起動力・牽引力は申し分ないですね。

− 堀田氏コメント:中田さんも僕も販売スタッフからの叩き上げでここまできていて、お互いの共通の価値観が「現場を大事にする」なんですよね。VMには現場スタッフとのコミュニケーションや当人たちの協力が欠かせません。今回のプロジェクトでも現場の意見を尊重し、力を最大限に引き出しながら、中田さんと議論を重ねて進めていきたいです。

− 中田氏コメント:もちろん数字は嘘をつきませんし、結果にはこだわりたいのですが、日々の数字に一喜一憂する必要はありません。僕も堀田さんもこれまでの経験上、0円の売上には見えない奥行きがあることをわかっていますから。

0円の奥行きとは……?

− 中田氏コメント:売上だけ見たら0かもしれないけど、その裏側にはさまざまなストーリーがあります。たくさん試着をしてくれた方がいたり、恋人へのプレゼントの下見に来てくれた方がいたり、取り置きをしてくださった方がいたかもしれません。それは喜ぶべきことだし、数字だけ見ていてもわからないことですよね。このプロジェクトチームには店長経験者など現場を知っていて、かつ現場が好きな人間が圧倒的に多いんですよ。みんな現場のことは常に尊敬しているし、応援をしています。

セレクトショップの課題と解決への道

今回のリブランディングに至った経緯は?

− 中田氏コメント:ナノ・ユニバースは昨年20周年を迎え、2024年で25周年になります。25周年、つまり四半世紀という一つの節目を迎えるにあたって、「セレクトショップとしてどうありたいか、どうあるべきか」の議論が行われてきました。その答えの一つが今回のリブランディングです。

ブランド発足の1990年代後半、セレクトショップの新生として個人的に勢いを感じていたのがナノ・ユニバースとURBAN RESEACH (アーバンリサーチ) でした。当時、僕は別会社に所属していましたが、ギラギラとした個性が面白いなと感じていたのを覚えています。

− 堀田氏コメント:僕は昔BEAMS (ビームス) で働いていたことがあり、セレクトショップの業界には少なからず身を置いたので、「ちょうど良いとこ突かれたな」と衝撃を受けました。BEAMSが西海岸、SHIPS (シップス) がフレンチカジュアルだとすると、ナノ・ユニバースはイギリスのロックな雰囲気を持っていて、買い付けもシャープ、高くて良いものを仕入れている度胸のあるブランドという印象でしたね。

− 中田氏コメント:近年は、そういうセレクトショップの個性が薄れてきているんですよね。この議論はどのセレクトショップにもあるのではないでしょうか。“セレクト”ショップが買い付けできていなかったり、オリジナル商品の質が下がっていたり、さらに今後は環境に配慮して、サステナブルにも寄り添っていかなきゃならない。どのセレクトショップも今後の在り方を模索中だと思っています。

− 堀田氏コメント:セレクトショップの課題は外部から見てもわかりますね。全てのショップに当てはまるわけではないですが、ここ5年で顕著になった印象です。例えばショッピングモールを歩いても、屋号を見ないとブランドがわからない。VMの観点でも店頭にネストテーブルとトルソーがある“お決まり”の形で落ち着いていて、昔と比べると個性の喪失を感じます。

− 中田氏コメント:我々もそういった解決すべき事項が多くあるので、今回のリブランディングも急に何かをガラリと変えて終わりというわけにはいきません。3年という長期的なスパンで徐々に戦術を変換していき、周年を迎えたいと思っています。気持ちとしては25年よりもっと先の50周年を見据えて取り組んでいるんです。

僕はこれまでイッセイミヤケやマーガレット・ハウエルなど、50年続くブランドに携わっていたこともあって、半世紀続くブランドの価値も難しさも体感してきました。この時代で50年続くビジネスがどうあるべきなのかを考えながら、今回のリブランディングでナノ・ユニバースの50周年が見えるといいなと思っています。

六つのレーベルとVM戦略

始動から間もないですが進捗はいかがでしょう

− 堀田氏コメント:まず商品とそれを括るレーベルが変わりましたよね。去年や一昨年とは180度違う印象を受けました。でも、ブランドを牽引するレーベルとして今回新設した、「LB.01 Statement」のラインアップを見ると、今までのお客さまを大切にしているナノ・ユニバースらしさも残っています。そのバランス感覚の良さに、大手セレクトショップならではの力を感じましたね。

− 中田氏コメント:商品は全6レーベルで構成しています。伝統に敬意を払いつつ遊び心と好奇心を持った「LB.01 Statement」、ヴィンテージや古着意識のある「LB.02 Bibliography」、セカンドラインに位置するリーズナブルな価格帯の「LB.03 Section」、アウトレット、EC専売、ライセンス用のモノづくりをメインとした「LB.04」、TSI社内のブランドのバイイングや協業を踏まえたレーベル「LB.05」、外部バイイングによる服や雑貨を扱う「LB.06」。店舗形態や顧客層に合わせて、レーベルの組み合わせを変えて店舗へ展開していく予定です。

それら商品をお披露目する展示会もすごく気合いを入れて行いました。展示会場のデザインはだいたい1回の打ち合わせで終わることが多いのですが、SSもAWもそれぞれ2回ずつ行って徹底的に追究しましたね。

SS展示会

− 堀田氏コメント:商品やレーベルが変わるということは、見せ方も変える必要があるということですから、ディスプレイはいつも以上に力が入ります。それもリブランディングの真っ只中ということで、とても気をつけて行いました。なかでも、レーベルごとの違いをぱっと見てわかるようにするのは必須事項ですね。

例えば、ハンガーの本数制限。エレガントラインのLB.01は1台のラックに10本程度、だいたい12㎝ピッチで商品が並ぶ計算です。外資のブランドは、この12㎝、15㎝ピッチのゆとりあるハンギングが主流なんですよ。対するLB.02はカジュアルダウンしているので、15本と増やして間隔を狭めます。そうするとLB.01とLB.02との違いが一目瞭然ですよね。並べ方一つで印象の操作は可能です。

AW展示会 LB.01
AW展示会 LB.02

このように、展示会で各レーベルや商品の見せ方を一通り決め、戦略を固めてから店舗に下ろしていくという流れをとるようにしているので、展示会に向けた打ち合わせはかなり濃いものとなりました。

ジャパンメイドとサステナブル

今回のプロジェクトで特にこだわっていることは?

− 中田氏コメント:先ほど述べた商品展開ももちろん重要なのですが、今回は「ジャパンメイド」と「サステナブル」、この2点についても深く取り組んでいます。

ジャパンメイド、いわゆる日本製の商品展開については、コスト面など課題も多くあるのでボリュームは少なくても、日本の企業としてコツコツ続けていきたいと思っています。もともと我々日本人は和服から洋服へと服飾文化を変えてきたわけですから、洋服作りへの探究心がベースにあるんですよね。「デニムといえば日本」と言われるように、日本の洋服作りには確かな腕と誇れる技術を確信しています。

しかし、悲しいことに今日本で流通している服のほとんどは海外製で、国内で作られて流通しているモノはわずか3%なんです。悔しくないですか? このまま進めば、メイドインジャパンの洋服は無くなってしまうかもしれません。回復には時間がかかるかもしれませんが、日本のファッション業界の未来のために、セレクトショップという立場で日本のモノづくりを発信していきたいと思っています。

サステナブルな取り組みとは?

− 中田氏コメント:ハンガーやショッパー、什器など、可能な限り再生可能な資源で作りました。ここだけの話ですが、服作りより時間をかけたと言っても過言じゃないくらいです(笑) 例えば、ハンガーはヒノキの間伐材で作っていて、通常であれば顔や背中にブランドロゴが入るところですが、再利用しやすいよう装飾は入れていません。

− 堀田氏コメント:什器もオリジナルで作られていて、1台でラックになったり棚になったり可変性が高いんですよ。ディスプレイに合わせて現場で調整できるので、見せ方のバリエーションが広がります。さらに什器が劣化しないように、ハンガーソックスと呼ばれるカバーを付ける配慮には驚きました。現状4店舗のリニューアルが完了していて、どの店舗でもスタッフの皆さんがこのカバーを履かせていらっしゃるのを見ますが、オープンと共にできる良い思い出になっているように思います。

ヒノキの間伐材を使用したハンガーと什器の劣化を防ぐハンガーソックス
コーティングや染色なしのショッパー
実際の店舗什器

− 中田氏コメント:トルソーのボディも、通常は布製なのを古紙で作っています。実はこれ100年前からある技術で、僕も知りませんでした。大量生産の産業社会のなかで徐々に形を変えたものであって、戻すことはとても意味のあることだと、専門の型師さんが賛同してくださって製作が実現したんです。

リブランディング後の展示会には、生地屋さんや縫製屋さん、マネキン屋さんなど、メイドインジャパンとサステナブルを実現するために協業いただいている関係者も招待して発表を終えることができました。会場にお越しくださった方々には、ロスフラワーを混ぜた会場装花をお土産にお渡しするなど、我々の新たな取り組みを印象付けられたのではないかと思います。

「七月花壇」による会場装花

次の世代に託せるブランドへ

今後の展望を教えてください

− 中田氏コメント:経営メンバーを含めて、自分がチームのなかで最年長なんです。やっぱり一緒に働いている次の世代が、「俺たちが作ったナノ・ユニバース」って自信を持って言えるブランドにしていきたいですよね。社員が自分たちの作った服やバイイングしてきた服を買う、要するに「社販で人気の業態」じゃないと成長しないと思っています。

ジャパンメイドやサステナブルな取り組みは正直コストがかかります。でも今、若干のコスト高を飲み込んででも、この方向性に舵を切らないと、この先の時代でブランドを継続できない気がするんですよね。セレクトショップとして何が正解なのか、まだ誰もわからない時だと思いますが、先駆けてこういった取り組みをしている企業に続き、自分達もリブランディングのなかで“答え”を導き出すというステージに参加しました。この判断が会社やそこで働く人のモチベーションとなって、良い方向に循環していくことを願っています。

− 堀田氏コメント:どんなに洋服やショップが良くなっても、働く人が育成されなければ意味がありません。経営にとって一番重要なことって、人の成長ではないでしょうか。僕の役割であるVMは、現場のスタッフとのコミュニケーションが必須な立場だからこそ、オフィス (=本社) の想いを伝えて、現場に気づきを与えることができる一番身近な存在です。このプロジェクトを通してナノ・ユニバースというブランドだけでなく、そこで働くスタッフ全員の成長に結びつけられたら嬉しいです。

− 中田氏コメント:今後も堀田さんには異業種のノウハウや考え方も含めて、いろいろなことを教えてもらいたいですね。近年、ファッションがライフスタイルへと広がっているのを今まで以上に感じています。彼はファッション業界だけに限らず、どんな業界でもVMのプロだと思っているので、今回のプロジェクトも大いに期待しています。

− 堀田氏コメント:僕の出身はファッション業界ですが、独立から3年経った今、クルマやカフェ、スイーツブランドなど、ありがたいことに異業種からも依頼をいただくようになりました。ファッション業界の方が異業種の視点を求めるように、異業種の方々もファッション業界のエッセンスに期待をしている部分がよくわかります。いろいろな業界がクロスオーバーして、新しい発見のもと消費者にアプローチしていけると良い相乗効果が生まれるんじゃないでしょうか。今回のプロジェクトにも、僕がこれまでインプットしてきたことを惜しみなく注ぎ込みたいと思っています。

インタビューにお答えいただき、ありがとうございました。

新たな環境のための新たな個性

1999年から2024年までの25年と、2024年からの25年。同じ25年という歳月でも同じことをしていては継続できないのが経営の難しさだろう。アイデンティティを持って台頭してきたいくつものセレクトショップが、顧客の拡大により個性を消し去りつつある今、新たな環境に順応し新たな個性を持ってビジネスを続けていく必要がある。

ナノ・ユニバースの本プロジェクトは、まだまだ始動したばかり。中田氏と堀田氏のタッグによって、生み出されるピースは未来を作る答えとなるのか。MMD TIMESも2024年、そしてその先の50周年に期待を込めたい。

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