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“違和感”から生まれた新たなビジネス

時流に沿った個人の多様性に合わせ、最近は女性向けランジェリーのデザインや色も豊富に揃っている。

さまざまな色やデザインから自分に合うものを身に着けることは、一見、個性を彩れるかのようだ。しかし、ランジェリーの役割を追究した時、本当に色や形などの装飾だけで本来の個性を引き出せるのだろうか。

今回取材を行ったのはランジェリー業界で感じていた一つの違和感から新規事業をスタートし、「下着は既製品の中からデザインで選ぶもの」という概念を覆した、オーダーメイドランジェリーブランド「emeth (エメス)」。

本来の自分らしさを引き出すことにフォーカスし展開している、同ブランドの創業者である中島絹代 (ナカジマ キヌヨ) 氏に事業の経緯や展望を伺う。

emeth (エメス)
http://a-ms2.com/
一人ひとりの骨格や体型、サイズに合わせて型紙をつくり、一から縫製していく女性用フルオーダーメイド・ランジェリーブランド。日本の職人が手間を惜しまず丁寧に縫製した、丈夫でストレスフリーな着心地のブラジャー (以下、ブラと表記) は、人種、年齢問わず、バストに悩みを持つ多くの女性から定評がある。

オーダーメイドにたどりつくまで

ブランド立ち上げのきっかけを教えてください

− 中島氏コメント:前職では大手下着ブランドで販売員をしていました。そこでは毎日お客さまとコミュニケーションを取りながら体の寸法を測っていたので、自然と下着の知識が身に付いていったんです。

そのなかであることに気付きました。

人それぞれ顔が違うように体型もそれぞれ異なりますよね。しかし、例えば市販のブラのサイズは、アンダーの胸囲とカップのサイズ展開が設定されているので、いくらかの選択肢はあっても、完全にその人の体にピッタリ合うものはなかなか見つからないんです。

女性の場合、サイズが合わない下着は結局使用せず、また新たに買い直しすることになってしまうので、サイズはとても大切ですよね。もちろん市販のサイズ展開に限度があるのも無理はありません。一般的に小ロットのサイズ展開では、価格や在庫管理など難しい点がいろいろあるので、ランジェリーメーカーも全員の体に対応する製品は製造できませんからね。

そうなると、ユーザーの体は市販の限られたサイズ展開に合わせていかなくてはならないので、体に負担がかかったり、ストレスを感じたりしやすくなります。多くの女性は下着を着けることで苦しさや、痛みを感じ、生活に支障が出るという経験をしたことがあるのではないでしょうか。

− 中島氏コメント:しかし市場では、そういった点に注目した商品の潜在ニーズに対応しきれておらず、ユーザーもまた、下着は既製品の中から選ぶものなんだという認識で、妥協して購入しているのが現状です。

私はそこに違和感を覚えるようになりました。既成のサイズに合わせていたら、自分のベストな体型を崩してしまうし、我慢して合わない下着を着けているのは精神的にも良くないですしね。

なぜ、さまざまな商品でフルオーダーが存在するのに、下着では色や形を選べるセミオーダーはあっても、自分の体型にピッタリ合ったストレスフリーのフルオーダーが無いのだろうかと、世のなかの下着業界の現状に対してふと疑問を持ったんです。

そして、段々とお客さまの悩みを完全に解決できずに販売していることが心苦しくなっていきました。そこで意を決して退社し、私が覚えた下着業界の違和感を解決するために、自分でフルオーダーメイドのランジェリーブランドを作ろうと決めたんです。

起業するにあたって不安はありませんでしたか?

− 中島氏コメント:オーダーメイドのランジェリーがまだまだ世に浸透していませんでしたから、ビジネスとして本当に成り立つかどうかの不安はありました。

それに、長年勤めた下着業界で築いた経験値はあっても、オーダーメイドとして広めるには、もっと女性の体についての知識が必要だと感じていましたね。

どのように不安を取り除いたんでしょうか?

− 中島氏コメント:最初にエステティックサロンを開業しました。なぜなら、エステティシャンとしてお客さまに向き合うことで、販売員の時以上に女性の体の仕組みを学べる上に、お客さまとのコミュニケーションで、女性の体の悩みを直に聞くことができ、また私からも下着選びの大切さを皆さんに伝えることができると思ったからです。

実際、お客さまは特にバストに関する悩みを抱えている方が多くいることが分かりました。サイズ、形、年齢による変化に対して、既製品の下着ではカバーしきれず、皆さん満足していなかったんです。

エステ経営を続けることで、女性の体の知識が更に増え、下着に対する意識に共感してくれるお客さまとの絆も生まれたので、本来の目標であったブランド設立は加速度的に進みました。

しかし製造ラインにおいては、そもそも一般的に下着製造工場でオーダーメイドの下着を製造するという概念がなく、当初は工場を探すのに悪戦苦闘していました。それでも縁があってか、私の思いに共感を覚えてくれる現在の国内下着製造工場に出会えたんです。

− 中島氏コメント:こちらの工場では、以前よりオーダーメイドの必要性を感じていたようでした。ですから、私の強い思いを伝えると意気投合してくださって、すぐにご協力いただけることになりました。

こうして製造ラインも確保できた2012年、オーダーメイドランジェリーブランドの「emeth」が誕生したんです。

ランジェリー商品の理想像

下着業界にはどのような課題があると思いますか?

− 中島氏コメント:下着は直接肌に着けるものなので、男性も含め世の中全体が、もっと下着が人体へ与える影響に気付くことが第一の課題なのではないかと感じています。それはつまり、単にデザインの美しさを追求するだけではなく、着ける人の体と心に寄り添うべきではないかと思うんです。

例えば眼鏡を作るとき、左右の視力が違えばレンズを調整したりしますよね。そうじゃないと、眼に負担が出てきて生活しづらくなってしまいますから、それは誰もがごく当たり前の習慣として認識しています。

実は下着も同じなんです。バストも左右の形や大きさが違い、更に肋骨の幅や厚みも違うので、型が決まった下着のなかに無理やり収めようとすれば、肩こりや不快感からくるさまざまな症状に繋がり、健康に影響を及ぼすことも否めません。

でも、今はまだ世のなかの概念として、下着のオーダーメイドは贅沢なイメージを持つ人が多いのではないでしょうか。まずは下着業界全体で、下着の人体に対する影響力の実態としっかり向き合い、ファッション性だけに偏らず、同時に健康面からのアプローチも展開していく必要性があることを見直していけたらいいなと思っています。

emethで大切にしていることはなんですか?

− 中島氏コメント:身に着ける人達が、それぞれの持つ体の個性にもっと自信を持ってもらえるような下着を作っていくことですね。そのために、まずは下着を提案する私たちフィッティングスタッフ全員が、自由なスタイルで自分らしく働いています。

誰もが決められた下着のサイズ、もっと言えば世の中が決めた「美」の基準値に振り回されることなく、ありのままの“自分らしさ”を大切にして、悩みと感じてしまっているコンプレックスを、個性の1つと捉えて自信を持ってもらいたいですね。

下着業界から作る教育と文化

今後の夢を教えてください

− 中島氏コメント:夢はオーダーメイドランジェリーを文化にすることです。つまり、心身の健康や自分らしさを尊重するという観点からしても、オーダーメイドランジェリーはもっと身近なものであり、生活必需品であるという意識を根付かせられたらと思っています。

下着の選び方の知識がなく、窮屈なものを選んで身に着けていると、体型の崩れ、不快感からくる精神的苦痛や体調不良、そして大人になってからのコンプレックス形成など、その弊害は意外とたくさんあります。こういった問題の根源を断つためにも、成長期の子どもの頃から、下着選びをファッション性だけで選ばない環境が大事だと思うんです。

その環境を作るためには、下着を自分で選ぶようになる年頃から、下着の知識と選び方を学べるよう、学校の授業のプログラムに組み込むなどの教育制度に助力できるといいなと感じています。

このブランドを通して今までの下着に対する概念をもう一度見直し、若いうちから知識をつけてもらえるように、さまざまな企画や教育にも関わっていけたら嬉しいです。そしてオーダーメイドランジェリーという文化が定着したら本望ですね。

インタビューにお答えいただき、ありがとうございました。

文化を創造するランジェリー

当たり前の風習のなかにある違和感や疑問の追究の先には、新たなビジネスだけでなく、文化そのものを変える力が潜んでいる。

中島氏は誰もが自分らしく自信を持って生きてほしいという想いを軸に、下着業界における風習に潜む違和感を敏感にキャッチし、それを解決するために動いた。その新しいビジネスには希望だけでなくもちろん、時間やコストのリスクヘッジ、また世のなかの一般的な概念にマッチするかどうかという不安は付いて回ったが、それすら目標に向けた知識や経験の蓄積とすべく、エステというビジネスに置き換えることで、むしろ近道に変えてしまったのだ。

また、同氏はオーダーメイドランジェリーのパイオニアとして、体を既製品の下着にあわせていくという今までの下着の概念を覆すだけに留まらず、将来は下着の知識を教育にも取り入れ、やがてオーダーメイドランジェリーを文化として定着させたいという強い使命を持っていた。最終的には、下着によって誰もが自分に自信を持ち、個性を尊重できる時代の実現をゴールとしている。

こういった一時的な「点」だけではなく「線」として、ストーリー性を持ってビジネスを捉えていくことの大切さは、何も下着業界に限った話ではないだろう。どんな業種であれ、違和感の解決から始まり、その先に何を残していくかを見据えていくことは、事業展開をする上で成功に繋がる大きなヒントとなるに違いない。

これからはあらゆる業界において、中島氏のように違和感をキャッチし、新しい文化の創造までを志していく、そんな新たなビジネスチャレンジをする企業が増えていくことに期待したい。

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