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コレクションを支えるサンプル工場
毎年、S/SとA/Wに分かれて開催されるパリコレクション。その衣装づくりを支えているサンプル工場のなかに、日本の企業があるのをご存知だろうか。
世界的有名ブランドが新作を発信する場であるコレクションからの支持は、ジャパンクオリティが技術的に世界でも高く評価されている証といえる。
今回MMD TIMESは、コレクションのサンプル工場として名を馳せるINDICE (アンジーズ) に取材を行った。INDICEは岡山県のデニム作りの歴史と共に歩んできた、今年で創業66年となる老舗生地屋、株式会社岡本テキスタイルが約5年前に東京都内でスタートさせたサンプル工場である。
一般的にサンプル工場とは、商品として大量生産する前の段階のモノ (=サンプル) を製造する工場であるが、INDICEはサンプル工場としての役割から、さらに一歩踏み込んだ独自の施策を展開し、ジャパンクオリティの未来を見据えた取り組みをしている。
話を伺ったのは、ディレクター / セールスマネジャーの益島伸一郎 (マスジマ シンイチロウ) 氏。
ファッション業界を支えるサンプル工場のあるべき姿とはどのようなものなのか。その真髄を探る。
INDICE (アンジーズ) https://indice.okamoto-tex.com/ 会社名:株式会社岡本テキスタイル 2017年、株式会社岡本テキスタイルが東京にオープンしたサンプル工場。デニムを縫える設備を揃えたサンプル工場で、数々の有名ブランドのサンプル品製造を行う。高度な縫製技術を継承すべく、熟練の技術を持つ戸田美代子 (トダ ミヨコ) 氏を指導者に迎え、縫製技術者育成にも積極的に取り組んでいる。また、自社ブランドを持ち、メイドインジャパン製品の発信も精力的に行う。
メイドインジャパンを守る工場の立ち上げ
INDICEについて教えてください
− 益島氏コメント:INDICEは、大まかに言えばアパレル業界にいた仲間が集まってスタートしたサンプル工場です。今から約5年前、中国やアジア諸国で洋服を安く製造できるようになってきた状況を受け、このままだと日本の産業が衰退してしまうのではないかと危惧していました。
そこで日本の産業を守る事業を起こすべく、仲間の一人が「日本の高い縫製技術を残すために、工場をやってみないか」と発案したんです。しかし、その実現までの道のりは簡単なものではありませんでした。
− 益島氏コメント:まず、工場での工程を見ると、製品化する前段階でサンプルを作り、その後にオーダーがきて大量生産していく流れが一般的です。通常の工程なら、郊外の工場でも特に問題はありません。
ところが、ブランドのコレクションに使用するようなサンプル品に関しては、納期も短く、試作工程が何度も繰り返されるため、工場のスピーディな対応が求められます。そうなると郊外にある工場では、配送時間を含めたタイトなスケジュールや人手不足の問題で、サンプル品まで手が回らず、コレクション向けのオーダーを断らざるをえないんです。
− 益島氏コメント:我々はその問題に着目し、それを解決するためにサンプルの製造に特化することにしました。またコレクションの発表に合わせてスピーディに対応できるように都心に工場を構え、なおかつメイドインジャパンのクオリティを守れる工場を作ることにしたんです。それがINDICEを立ち上げたきっかけですね。
− 益島氏コメント:ただ、いざ工場を作るといっても、私たちは工場経験がなかったのでパートナーが必要でした。そこで話を持ち掛けたのは、岡山県井原市にある、デニムをベースに製造する生地工場の株式会社岡本テキスタイルです。代表取締役である岡本雅行 (オカモト マサユキ) 氏は、「日本製を守ろう」という我々の理念に共感し、運営担当として立ち上げメンバーの一人になってくれました。
− 益島氏コメント:同時期に広島県福山市で40年以上にわたってデニムを中心に製造している、サンプル工場のエムアンドディ―の社長にも、我々が目指している事業内容を伝えました。彼女もメイドインジャパンの縫製技術を引き継いでいきたいという強い思いを持っていたので、そこで意気投合したんですよね。
− 益島氏コメント:こうして立ち上げメンバーが揃い、サンプル工場として事業を都内でスタートし、2017年にINDICEをオープンしました。
後にサンプル工場だけでなく、メイドインジャパンの自社ブランドも展開することになるのですが、我々がそれぞれのフィールドで培った技術と知識が、ここで活かされることになったんです。
益島氏のお仕事について教えてください
− 益島氏コメント:ディレクターとして自社ブランドの運営を担当しています。長らくアパレル業界に携わっていたので、ファッションには精通していたんですよね。そうした過去の経験から自社商品の開発を行なっています。
工場経験はなかったのですが、工場運営や縫製技術のあるプロフェッショナルな仲間が母体メンバーとなってくれたおかげで、力を合わせて事業を推進できています。
唯一無二となる取り組み
INDICEの特徴は何でしょうか?
− 益島氏コメント:一言で言うと、「都内できちんとデニムが縫える工場」です。実は都内でデニムを縫えるサンプル工場はほとんどないんですよ。
せっかくデニムを扱う技術を持っているのですから、世界の有名ブランドでも使用されている高品質な岡山県の井原のデニム技術を活かそうと思い、まずはデニム用の機械から揃えました。
− 益島氏コメント:特殊な生地を縫製することができるデニム用ミシンは、デニムの生産地である岡山県の専門工場にしか置いていません。そのためアパレル業界でデニム製品のオーダーをする場合、岡山県の工場に頼むことが多いんです。そうなると都心からのオーダーでは、納期に時間がかかってしまいますよね。
例えば、都心からデニムパンツのリペアを岡山の工場に頼むと、納品までに3日ほどかかりますが、我々の工場なら簡単な作業内容であれば、1時間以内に仕上げてお渡しできます。
− 益島氏コメント:こうした技術やスムーズな流通が口コミで広がって、当初の目標であるコレクション用のサンプル品を依頼されるまでになりました。今では世界的に有名なジャパンブランドがメイン取引先となっています。
コレクションやイベントで使用する衣装は、スピーディな受け渡しができることも、ブランドからすれば重要なポイントですからね。我々の工場では、おかげ様で一年の半分くらいはパリコレや東京コレクションなどからいただくオーダーの制作をしています。
他にも特徴はありますか?
− 益島氏コメント:制作という基本的な役割の他にも、日本の技術を継承するため、作り手を育てるということにも力を入れてきました。例えば、クオリティを保つために、数々の縫製工場の技術コンサルタントなどを行なってきた戸田美代子 (トダ ミヨコ) 氏を迎えて、月に一度、一週間のオペレーター指導を技術者に行っているんです。
デニムは勿論のこと、他のどんな素材も短時間でハイクオリティに仕上げられる体制が整っています。
メイドインジャパン技術の継承
INDICEが大切にしていることは何ですか?
− 益島氏コメント:「正直にモノづくりをする」ことが大切だと思っています。正直にモノを作るというのは、まず納期を守ること、そして高品質のモノを適正価格で提供することですね。
日本では当たり前のことのようですが、世界市場で見たとき、海外製に比べて日本製のクオリティはそういった面で高く評価をされています。
「あの工場に頼めば安心」と思ってもらえるように、正直で誠実であることが第一だと思うんです。この正直である姿勢を我々が継承し、発信していくことで、日本の仕事に対する姿勢が世界に伝わるといいなと思います。
“持続可能“ な視点から生まれた自社ブランド
自社ブランドについても教えてください
− 益島氏コメント:立ち上げのきっかけは、工場の閑散期に機械や人材を有効的に活用できないかという課題の解決でした。技術力や生地のクオリティを活かせば、ファクトリーならではの高いクオリティで、さらに適正価格の商品を展開できるのではないかと思ったんです。
商品の素材にはオーガニックコットンなどを使用し、水が汚れないように合成化学染料は使用せず、地球に優しい製造方法を意識しています。
− 益島氏コメント:また、このファクトリーブランドを展開することで、社会的なエコにも繋がっているんですよ。
例えば、工場の特性を活かして受注からすぐに製造できるので、無駄な在庫を抱える必要がありません。在庫を抱えないということは、売れ残る商品のセールを意識した価格を上乗せする必要がないので、その分適正な価格で商品を提供することができますよね。
こうした過剰製造を回避し無駄をなくす仕組みは、工場が得意としていることだと思うんです。環境に優しい素材と無駄のない仕組みという両面からのエコを、このブランドで実現できました。
おすすめ商品はなんでしょうか
− 益島氏コメント:おすすめの一つは、オリジナルのオーガニックコットン生地を使用し、ヨーロッパビンテージをイメージして作ったワンピースです。
こちらは着ている人が長い時間同じ姿勢をしていても苦しくならないように、縫製とデザインに昔ながらの技術を駆使しています。例えば首元にあるギャザーとタックは、頸 (けい) 動脈を締め付けないようにするためなんですよ。
この商品を作ることで、こうした細かい技術を後世に残しつつ、クオリティの高い商品が提供できています。
− 益島氏コメント:もう一つはキバタデニムのパンツですね。キバタデニムとは生地が織りあげられたまま、防縮加工やねじれ防止加工を一切行わないデニムをいいます。触ってみると固くて凹凸があるのが特徴です。
このデニムは生地が反り返ったり、縫い縮みがあったりと安定感がないので、縫製には技術力が必要なんです。
− 益島氏コメント:我々はこのキバタデニムを代表する風合いを活かした商品を通して、デニム本来の素材感を実感してもらいたいですし、メイドインジャパンのデニムが岡山だけでなく、東京でも作れるということを多くの人に知ってもらいたいですね。
育ち、育てる工場へ
今後のINDICEの展望はありますか?
− 益島氏コメント:サンプル工場の事業を続けながらも、ジャパンクオリティを保つための技術者の育成に更に力を注ぎ、自社ブランドやワークショップなどを通して、多くの人から日本のアパレル産業に興味を持ってもらえるような取り組みをしたいですね。
高い技術を後世に残すには、どんな特殊なミシンを買い揃えても意味は無いんです。人の手の優れた感覚や技術的な能力がなければ、そのクオリティを保ち続けることはできないですから。
以前、親子を対象にスカートやエプロンをデニムで作るワークショップを開催したことがありました。体験を通して、将来子どもたちが日本の技術を継承してくれるといいなという思いがあり、これからも地域密着型のワークショップやスクールの開催などにも注力していく予定です。
− 益島氏コメント:また、リペア事業部を立ち上げたので、洋服に強い愛着を持っている方々のためにも対応していきたいですね。例えば、ヴィンテージの商品を好む消費者が求めるリペアには、風合いを残すなどのとても高度な技術が必要なので、INDICEだからこそできる事業だと思うんです。
− 益島氏コメント:取り組みはさまざまではありますが、一貫してメイドインジャパンのモノづくりを、変わらず正直に継承していけるサンプル工場でありたいですね。
日本のファッションシーンを支えてきたモノづくりの技術を次世代に受け継ぐことは、我々の当初からの想いであり、実現すべき使命だと思っています。
インタビューにお答えいただき、ありがとうございました。
「わざ」の伝達で見えるアパレルの未来
「正直であること」、これは益島氏の口から迷わず何度も出てきた言葉だ。
やはりモノづくりの基本には誠実さが必要であることは間違いない。誠実であることは、一見とても責任の重い言葉で難しそうに思われるが、ひもといていくと、それはごくシンプルな想いから生まれるようだ。
INDICEは衰退していく日本のアパレル産業の危機を回避するため、ニーズのある都心でのサンプル工場を立ち上げた。また、この事業の中では、日本の高度な技術を継承するために“育てる”ということに着目している。
ジャパンクオリティを活かした商品の展開、技術者の教育、そしてメイドインジャパンの継承につながるスクールやワークショップの開催といった取り組みは、アパレル業界の未来を見据え、優れた技術を決して独り占めすることなく次世代へとつなごうとしている。まさしくそれは誠実さだと言えるだろう。
同社のような次世代に継承する体制をしっかりと固めている企業が、今後アパレルの未来を支える基盤を築いていくにちがいない。
MMD TIMESはこれからもそういったモノづくりに正直な企業を追っていきたい。