2021.11.23.tue

ヒマラヤの伝統を紡ぐエシカルファッション

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長い歳月の先に見えたネパール発のブランド価値

国や民族が異なれば、それぞれの文化も異なる。

グローバル社会の中で共通した地球規模での目標とされている「サステナビリティ」を追求した時、国や民族を超えた同志としての取り組みは重要な基盤となる。

そして、持続可能な社会を一緒に目指していくためには、文化の相互理解と互いのポジティブポイントを融合した新しい価値観を生み出す柔軟性も大切になるのである。

しかし、その価値観の変革を確立することは容易ではなさそうだ。

例えば、今では当たり前となっている女性の社会進出も、1985年に男女雇用機会均等法が成立してから、日本国内の一般企業に浸透するまでには20~30年の長い年月がかかった。SDGsの取り組みも採択されたのは2015年だが、実際に一般社会にその言葉が浸透し始めたのはごく最近である。

このように新しい習慣や文化を根付かせる難しさは、おそらくアパレル業界のモノづくりに関しても同じことがいえるだろう。国を超えてサステナブルにブランドを確立していくために、大切なことは一体何だろうか。

今回、MMD TIMES では20年の歳月をかけて広い視野でファッションに新たな価値を根付かせた、ネパール発エシカルファッションブランド「ORIENTAL GATE (オリエンタル ゲート) 」のCEOを務める赤池 静 (アカイケ シズカ) 氏に話を伺った。

ORIENTAL GATE (オリエンタル ゲート)
https://orientalgate.jp
「自然との共存」をテーマとしたネパール発のエシカルファッションブランド。ヒマラヤの大自然の地ネパールで、自然、伝統、手仕事を守るモノづくりを展開している。良質素材の使用と手紡ぎや手織りによる高品質な縫製技術により、長く着られる商品の製造を実現。流行に左右されないシンプルなデザインと着心地の良い自然素材の柔らかな肌触りが特徴。生産から消費までサステナブルで地球に優しいスローな循環を目指している。

ヒマラヤの自然が教えてくれたモノづくりの可能性

なぜネパールでのモノづくりだったのですか?

− 赤池氏コメント:私がネパールという地で最初に感じた印象は、「可能性しかない」ということでした。

ある日、たまたま道端で女性たちが何か布のようなものにフリンジを付けている光景を目にしたのですが、彼女たちが手にしている素材に触れた時に衝撃が走りました。それは私が今まで体験したことがないほど軽くて温かくて柔らかい素材だったんです。

ただ、素材はこんなにも素晴らしいのに、残念ながら縫製のクオリティーは決して高いものとは言えませんでした。そこで、この素材に何か工夫をすれば、日本の消費者の心にも必ず響くモノが作れるという可能性が見えたんです。

でも実際に蓋を開けてみれば、そこには縫製技術に限らずたくさんの問題点がありました。人材も環境も整っておらず、素材の可能性以外のものは何一つ揃っていなかったのです。

日本から遠く離れた地で希望が見えない状況ばかりが続き、幾度も挫折しそうになりましたが、その度に不思議と素敵なご縁に恵まれ、ネパールでのモノづくりを達成すべく、そのレールに導かれていったような気がします。私の使命だったのでしょうか(笑)

希少な自然素材と持続可能なエシカルファッションブランド

ORIENTAL GATEを立ち上げたきっかけを教えてください

− 赤池氏コメント:ネパールで時間をかけて縫製工場の技術向上やスタッフの働く意識改革をしっかり行い、ようやく工場が単独で稼働できる体制が整った時、前身となるアパレルブランドを母と立ち上げました。そのブランドの運営をしていく中で次第に、「私が着たい服」をもっとクリエイトしていきたいという気持ちが強くなっていったんです。

そして、ウェブデザイナーの掛田恭子 (カケダ キョウコ) 氏に出会い、一緒に新たなブランドを立ち上げることを決めました。2019年に会社を設立し、2020年にブランドとしてローンチされたのがORIENTAL GATEです。

どんなブランドでしょうか?

− 赤池氏コメント:100%ヒマラヤの自然素材から作られた、上質で丈夫、そして何より着心地の良さを持ちながら、スタイリッシュであることがベースとなった洋服、アクセサリーなどを展開しています。

そのなかでブランドの代表的な商品に「パシュミナ」という素材があります。初めてネパールを訪れた時に感激した、あの織物です。

パシュミナとは、ネパールやインドで数百年の歴史がある伝統的な高級手工芸品の総称なのですが、ヒマラヤの標高4,000m付近の高地に生息する山羊やヤク (ウシ科の動物) の毛を春に梳き、その胸部の産毛だけを糸として使用した希少な原料からできています。

極上の手触りと温かさが特徴で、まさにヒマラヤの自然の結晶とも言える伝統工芸品です。

ヒマラヤ山羊の胸部の産毛からできた糸

− 赤池氏コメント:しかし、そんなヒマラヤの宝であるパシュミナの伝統継承に危機が訪れたこともありました。「パシュミナブーム」です。

2000年初期にパシュミナをまとった海外セレブがファッション誌を飾ると、たちまち話題となり世界各地で飛ぶように売れ始めました。その人気高騰によってアパレル業界は低品質素材で機械紡ぎの生産性の高いパシュミナの製造方法を構築して、それが世界に出回ってしまったため、伝統を紡いでいた職人が職を失ってしまったんです。そして最終的に一過性のブームが去り、本来のパシュミナが忘れられていくと、素材原料までも姿を消してしまいました。

私はそのことに心を痛めて、ネパールに移り住むきっかけをくれた本物のパシュミナを何とか復興させたいという思いが自分の中に生まれたのです。

原料を見つけるところからというのは本当に大変でしたが、これもまたご縁があり、現地の方が紹介してくださった同じ想いを持つ人たちとの連携で、原料ルートを何とか確保して復興を成功させました。

ようやく原料調達の道が開けたところ、もう一つの課題に直面したのです。

パシュミナはその柔らかい特性から、洋服としての製造には不向きな素材だということが分かりました。しかし、これも試行錯誤を繰り返し、洋服布地へと加工ができるようになったんです。

ORIENTAL GATEは、そんなパシュミナを筆頭に、ヒマラヤの上質な自然素材と手織りの技術を駆使した洋服をネパールで生産し、日本で展開しています。

手紡ぎ手織りのパシュミナ
パシュミナで仕立てたコート

商品の特徴とおすすめを教えてください

− 赤池氏コメント:やはりORIENTAL GATEの最大の特徴はパシュミナを含む“布”にあって、とにかく柔らかさと肌触りが機械織りのモノとは全く違うんです。素材はシルク、コットン、麻、カシミアがメインとなり、季節や用途に合わせて同じデザインでも、素材の組み合わせを変えて商品展開をしています。

人気の定番アイテムはパンツやロングスカートなどのボトムスです。裏地も化学繊維は使わず、100%のコットンを使用しているので、汗をかいても肌に負担がありません。シルエットは女性的な曲線を適度に生かした美しいラインのデザインで、あえて流行は追わないようにしています。

写真左:麻&コットン素材のワイドパンツ、右:シルクコットンのDUALドレス

− 赤池氏コメント:そもそも高品質素材と美しいラインのデザインには普遍的な価値があると思うので、エンドユーザーの方達にはこの上質な洋服を長く愛用してもらえるのではないでしょうか。

自然素材を使い、都会的で長く着ても飽きることのない商品で、サステナブルなエシカルファッションを楽しみ続けてもらいたいです。

曲線ラインを生かしたワンピースとパシュミナストール

上質な自然素材に吹き込まれた付加価値

ネパールと日本の協業によって生まれた新しい価値はありますか?

− 赤池氏コメント:当初、しっかりと協業できるようになるまでは、ネパールの人たちに日本人の時間に対する考え方や品質の価値を知ってもらうことが課題でしたが、ゆっくりと信頼関係を築きながら伝えていくことで理解してもらえました。そこから彼らの価値観の基準も変化していったと思います。

逆に、私たちが彼らから教えてもらった価値もたくさんありました。シンプルさ、家族愛、自己肯定感です。ネパールに住んでよく理解できたのですが、これはヒマラヤの大自然という環境と信仰心から育まれた価値観なのでしょう。

本当の豊かさとは、自然も人も服もシンプルに大切に関わり、感謝をするということ。ネパールではそういった新しい価値を発見することができました。

− 赤池氏コメント:つまり、ネパールの伝統や人間性、日本の技術や正確性といった互いの得意分野を尊重した上で、それらの個性を生かしていくことは、結果として新たな付加価値を生み出すことに繋がると思うんです。

そして互いの文化の尊重から生まれた新たな価値は、より豊かに、より輝くものへと相互的に進化させられると確信しています。

私たちの商品の根底にあるのは「人間尊重」です。上質な素材という元々ある価値に加えて、こういった新しい価値が吹き込まれています。

ブランドとしての役割は何でしょうか?

− 赤池氏コメント:私たちのブランドの役割は二つあります。

まず一つ目は社会的役割です。私たちはSDGsの実現を目指し、地球の資源に負荷をかけないようスローなサイクルを守っているのですが、すなわちこの小規模生産と消費の流れを作ることにより、経済活動と地球環境のバランスが保たれるようにしています。

また雇用についても、女性の自立と社会進出の支援として、私たちの工場ではすべて女性が縫製するなどといった活躍の場を設けているんですよ。

− 赤池氏コメント:そして二つ目は消費者への思想的役割です。

私たちがブランドを通して伝えたいことは、「ピュアな自然と共存する」ことです。着る人にもっと自然に、もっと自由に、自信を持って生きてほしいというメッセージが込められています。

洋服を着る人がそれぞれの個性をちゃんと出せるようになり、本当の意味での平等や豊かさを実感できるようになってほしいですね。私たちの商品にはそういった思想が織り込まれているんです。

インタビューにお答えいただき、ありがとうございました。

ヒマラヤの大自然から学んだアパレル業界の未来

アパレル業界においての今後の環境負荷という懸念については、赤池氏が話していたようなスローな生産方法と消費方法のように、経済循環と地球環境のバランスを意識することが解決に繋がるのかもしれない。これはサステナビリティ社会を形成するにあたり、一つの策としてアパレル業界の未来にとても重要なことのように思える。

また赤池氏は、継承された伝統を尊重した上で、更にイノベーターとして新しい息を吹き込み、ここで生まれた新たな付加価値の付いた伝統を紡ぐことに長い時間をかけて、その成果として着実にファンを定着させている。

つまり、冒頭で述べた「ブランドを確立していくために大切なこと」とは、様々な人、文化、思想という多方面からの「価値の理解と尊重」が基本にあることが分かる。

この基本的なことの実践に加え、更にイノベーションすることで本当の意味でのブランドの個性が誕生し、そしてサステナブルに輝き続けるのだろう。

これからは時間と労力を惜しまず、保護と革新、生産と消費のバランスを考えながら素材に息を吹きかけ続けていくブランドこそが、真の持続可能なエシカルブランドと呼ばれていくのではないだろうか。

そこには長年積み上げてきた経験による技術と揺るぎない自信が核に存在しているので、同業他社には真似のできないモノづくりの可能性を大いに秘めている。

ORIENTAL GATEは、今後も真のエシカルファッションブランドとして活躍し、伝統の中に新たな価値を次々と見出していくのだろう。

MMD TIMESとしても真髄を学び、これからも一層価値あるライフスタイルのあるべき姿を追究していきたい。

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