2021.05.04.tue

売場を変える「光」の提案

Contents

ライティングデザインの重要性

ショップの空間作りで必要な要素といえば何が思い浮かぶだろうか。

コンセプトに基づいた床・壁・天井・照明などの内装、ゾーニング・ディスプレイを含むVMD、商品、音・香りなど五感に訴えかけるブランディング・・・数え上げればきりがないが、我々ライフスタイル業界ではそのうちどれだけの要素をショップに反映できているのだろうか。

企業によっては限られた人数の中で業務が内製化され、いくつもの業務を兼任しているため、重要な要素と分かっていても片手間で進めるしかない現状もあるのだろう。

今回MMD TIMESは、空間作りの重要な要素のひとつである「光」に焦点を当ててみることにした。

取材させてもらったのは、インテリア・オフィス・商業施設・ランドスケープ・イルミネーションといった空間の「光」をデザインする株式会社 加藤久樹デザイン事務所だ。

「照明は、エアコンと同様に設備という認識が世間では強いのですが、商品が売れる空間を作るためには、設計の時点から照明計画を始める必要があると思います。」代表の加藤 久樹 (カトウ ヒサキ) 氏は、そう語ってくれた。

EC化が進むライフスタイル業界の実店舗において、商品をより魅力的に見せ、エンドユーザーの五感に訴えるライティングデザインをどのように作り出していくのか。

そのヒントを探るべく、ライフスタイル業界に限らず様々な空間を光で演出している同氏に話を伺った。

株式会社 加藤久樹デザイン事務所
https://www.hkdo.co.jp/
光と影を扱うライティングデザイン事務所。建築の照明計画を中心に、住宅・インテリア・オフィス・商業施設・ランドスケープ・都市計画・ライトアップ・イルミネーションなどの照明計画を行う。「人と光と影」の関係を大切に人の生活に寄り添った光景をつくっていく。

ジャンルを超えた「光」のデザイン

会社や立上げの経緯について教えてください

−加藤氏コメント:人が触るものから住む街まで、照明というツールを使ってトータルデザインをしている今年で4年目の会社です。

東京藝術大学でデザインとアートを学ぶ傍らアルバイトで照明に関わる仕事を始め、照明のデザイン会社で10年務めてから独立しました。

照明デザイナーを選んだ理由は?

−加藤氏コメント:元々は、工学・家具・家電・車・建築・街づくり等、色々興味がありすぎてデザインしたい対象を絞ることが出来なかったんです。

そんな中、仕事のジャンルが多岐に渡る照明デザイン事務所でアルバイトしている内に、「照明はジャンルに関係なく、すべてに繋がるデザイン」だということに気が付きました。

例えば、大型商業施設を建てる際には、計画を作る建築家、インテイリアデザイナー、ランドスケープデザイナー、その計画を具現化する建設会社など様々な専門家に託されていく、分業制が取られています。

その中で照明デザイナーは光を介して全方位的にプロジェクトに関わり、それぞれの専門家とダイレクトにやり取りができる。

色々なジャンルのデザインに興味がある僕にぴったりだと思ったんです。

照明をデザインする上で大切なことは何でしょうか?

−加藤氏コメント:給排水や空調などと同様の照明という「設備」に、いかにデザイン性を持たせるかが重要だと考えています。

照明設備は最低限のことを満たそうと思えば安価に手に入ってしまうものです。それらと差別化をするために、照明にどんな付加価値を提案するのかが照明デザイナーの腕の見せ所だと思います。

照明デザインは建築や空間に対して設計するので、計画パターンが限られています。だからどんな照明デザイナーでも最低80点は取れる。残り20点をどうやって取るかが勝負なんです。

設定された条件の中で、アートやデザイン、機能の要素だけでなく、ビジネス的な視点から予算の中でコストパフォーマンスを最大化させることが必要です。

加藤さんはその20点をどう取るのですか?

−加藤氏コメント:自分のバックボーンとして、照明以外の知識があることが大きいでしょうか。

機械工学、プロダクトデザイン、そしてアートを学んだ背景があるので、照明デザインだけではなく、空間全体のコンセプトやイメージづくりの部分から携わることが出来ます。

計画がまだ柔らかい状態の、建築の素材選びをする段階から関わることが出来るのは僕の強みだと思っています。

「光」を使ったショップ空間の作り方

奥渋谷のスタイルデパートメント

最近手掛けた仕事を教えてください。

− 加藤氏コメント:2020年11月に奥渋谷にオープンした「スタイルデパートメント (STYLE DEPARTMENT_) 」は、設計者と来季に展開するアパレルの展示会に行くことからスタートしました。

どのような意図や視点で商品がデザインされ、それを選定しているのかを理解した上で、店頭での商品の魅せ方を計画しました。

スタイルデパートメントで取り扱う商品は、無地でシンプルながらにラインにこだわったアイテムが多く、白い服でも光の色味によって印象が全く異なります。

ショップで最も魅力的に見えるように、商品に当てる光の色味を何度もテストしました。オフィスに商品をハンギングして、何パターンもの器具で検証をして光を決めました。

− 加藤氏コメント:また、床や壁の光と商品に当てている光の色味を変えるなど、見る人には意識させない程度の変化を付けています。あえて変えることによって、無意識に商品に目が行くよう、そこには緻密な計算が隠されているんです。

「売り」につなげるテクニック

商品を売るための照明テクニックとは?

− 加藤氏コメント:ショップのコンセプトによって使うテクニックは変わってきます。自然光のような柔らかい光の中で滞留時間を伸ばしたい場合や、高回転で商品を販売したい場合など、目的によってもそれぞれ異なるんです。

未来コンビニ外観

− 加藤氏コメント:例えば、徳島県の人口が1000人程度の小さな村にある「未来コンビニ」では、村のインフォメーションセンターの役割も担っているので、まずは外観の屋根をライトアップして「みんなが集う家」をイメージした象徴的な演出をしました。

カフェとコンビニを併設していて、カフェは村の方たちのコミュニティの場所となるよう暖色の温かい光の空間に仕上げています。

対してコンビニは目的買いユーザーがすぐに商品が分かるよう全体的に照度を高めにし、ムラの少ない白い光でクリアな空間にしたんです。

未来コンビニ内観

− 加藤氏コメント:このような商品を売る為の照明を使った空間作りは、スーパーマーケットが意外にもきちんとできているのではないでしょうか。

魚と肉で美味しく見える光の色味を変えていたり、化粧品コーナーでは発色が良く見える光を使っていたりします。

セレクトショップは、まだまだ光を意識して作られたショップが少ないように思いますが、その分既存の店舗空間がより魅力的に生まれ変わる伸びしろは大きいと感じています。

セレクトショップがすべき照明計画

今のセレクトショップをどう見ていますか?

− 加藤氏コメント:そもそも商品に光が当たっていなかったり、バラバラの色味の光を使っていたり、誰にどう見せたいかという意図が感じられないショップが多い気がします。

商品やMDのコンセプトがしっかりしていても、そのコンセプトが照明計画に反映されていない。宝石を売りたいのに、コンビニのような白くて照度の高い覚醒的な空間では理性が働いてしまって売れませんよね。

全体的に間接照明を使った暗めの空間の中で、ひとつひとつ丁寧にスポットライトを当てて特別感を演出した方が雰囲気や思い出も併せて気持ちよく買って頂けます。

コンセプトに加えて、商品単価やユーザーの滞留時間など様々な要素を考慮した上で、どう購買まで誘導するかの仕組み作りが必要なのではないでしょうか。

− 加藤氏コメント:照明は売上で数値化するのが難しいので、なかなか取り入れにくいのかも知れません。しかし、緻密に計算された照明デザインを体感して、良さを理解してくださった方は、必ず次回も照明デザイナーを必要としてくれます。

既存のセレクトショップにおいても設計段階から照明を計画するのが一番ですが、今はITが進化して少しの追加工事で新しい照明器具を導入可能なので、以前と比べると照明のリニューアルがしやすい時代になりました。

ライフスタイルのような情緒的な世界観をユーザーに発想させる空間のプレゼンテーションに、照明はとても大事な役割を担っていると感じます。

インタビューにお答え頂き、ありがとうございました。

「光」という視点で考えるセレクトショップ

加藤氏の話を伺ってみると、どんなにこだわった商品を陳列していても、エンドユーザーがどのような印象を持つか、その空間でどのように過ごしてもらえるかは「光」の影響が大きく関わってくるように感じる。

目的に合わせて照明の配置・色温度・照度を調整することで、集客率・滞在時間・商品回転率が変わり、カフェであれば満足度や癒し指数も大きく変わってくるのだろう。手で触れられる商品を取り扱う小売業は、概して商品ばかりに目が行きがちである。

しかし実店舗の意味を問われる今だからこそ、苦労して開発・仕入をした商品をショップでどう魅せるかを、「光」の視点で考えてみてもいいのではないだろうか。

MMD TIMESでは、これからも積極的にショップや商品の魅せ方を様々な視点から考察していきたい。


style department_
内装設計:LINEs AND ANGLEs inc.
撮影:鈴木文人

未来コンビニ
建築・インテリア・ランドスケープ設計:コクヨ 株式会社
撮影:ナカサ & パートナーズ 山本 慶太
 

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