2020.12.08.tue

窪川勝哉氏のインテリアスタイリング

Contents

好奇心から生まれるスタイリストの強み

ファッション、インテリア、雑貨など、セレクトショップが扱うアイテムはさまざまだが、アイテムを魅力的に演出しエンドユーザーに欲しいと思わせる点において、スタイリングの重要性というものは共通しているだろう。

「スマホひとつで誰もが手軽にモノを売り買いできる時代だから、プロとして情報発信する側には圧倒的な美しさや魅力を持ったビジュアルの創出を求められていると感じています。」と語ってくれたのはインテリア&プロップスタイリストの窪川勝哉 (クボカワ カツヤ) 氏。

雑誌やWEB、カタログ、TVなどメディアでの空間のインテリアスタイリングに留まらず、時計やジュエリーなどマクロな世界まで、様々なプロップ (小物) を用いたインパクトのあるビジュアルを手掛けるスタイリングのプロフェッショナルである。

彼のスタイリストとしての仕事への向き合い方や想いから、ライフスタイル業界に携わるわたしたちがエンドユーザーに向けて発信を行っていく上で大切なコトとは何か、そのヒントを探っていく。

[窪川勝哉 Katsuya Kubokawa] 
インテリア&プロップスタイリスト

1974年山梨県生まれ。雑誌やTVなどでのインテリアスタイリングやウィンドウディスプレイからメーカーとのコラボによる家電プロデュースなども行い、家具・家電から自動車まで、多岐にわたる深い商品知識を持つ。 東洋大学ライフデザイン学部非常勤講師。
http://interiorstylist.jp/

インテリアスタイリストブームの再燃

窪川氏がスタイリングした雑誌のカバー

なぜスタイリストを目指したのでしょうか?

−窪川氏コメント:ファッションデザインを学んでいた母の影響もあり、幼い頃からファッションには興味があったんですが、思春期くらいになるとみんな同じようにファッションに興味を持ち始めるんですよね。

それでみんなと同じってつまらないように感じていた高校生の頃、雑誌で見た ”ファッションデザイナーの住む部屋” という特集がきっかけになってインテリアに興味を持ちました。

「オシャレな人って着飾っているだけじゃなくて、暮らしまで全部がオシャレなんだ!」って気がついたんです。

窪川氏が学生時代に取り上げられた雑誌のインテリア特集

−窪川氏コメント:それから自分の部屋の装飾を始めるようになって雑誌などにも取り上げられるようになりました。

大学では心理学を学びながらダブルスクールでバンタンデザイン研究所にも通っていたんですが、そこの先生から翌年に新設されるインテリアスタイリストコースの、宣伝用のインテリアスタイリングを頼まれたんです。

そこでインテリアスタイリストという職業の存在を知り、将来の仕事として意識し始めました。

最近、僕がスタイリストになった時代と同じくらいの盛り上がりで、インテリアスタイリストの第2次ブームが起こっているような気がするんです。

SNSのような発信ツールの進化や、コロナ自粛で実際に店舗に行けない状況などが重なって、オンラインでモノを検索する人が増え、より強いビジュアルでの訴求力が求められているからでしょうか。

今はエンドユーザーと同じ空間で一緒にモノを見ながら、ディスプレイでシーンを伝えたり、口頭で商品説明をするなどのコミュニケーションが難しいですよね。

このような状況で、どうやってブランドの背景にあるストーリーやモノの魅力を伝え、ユーザーの共感を得ればいいのか。それはこれからのセレクトショップやブランドの課題でもあると思います。

そういった流れの中でインテリアスタイリスト、プロップスタイリストに興味を持つ人が増えているのか、学生や社会人、主婦からの問い合わせも多いですね。

InstagramなどのSNSを使って「現場に行きたいです」とか「アシスタントやらせて欲しいです」という内容のDMをもらうこともあります。

休日はどんなふうに過ごされますか?

− 窪川氏コメント:仕事が趣味と言ってもいいくらいインテリアが好きなので、休みの日もライフスタイルショップやインテリアショップに行く事が多いですね。

車が好きなので趣味の車を自分で運転して郊外のショップを巡ったり、仕事用もプライベート用も含め常に何か面白いものがないかと探しています。

移動手段が車なら買ったものもそのまま運んで帰れるのでちょうどいいんですよ。

息抜きに、こういうアトリエとしての別宅を購入することもあります。1957年に建てられた前川國男氏が設計したテラスハウスを一昨年に買ってリノベーションしました。

建物と家具や小物の時代感を合わせた空間が好きなので、その時代までにデザインされたものをベースにまとめたんです。このイームズのサーフボードテーブルも1950年代のデザインです。

イームズのサーフボードテーブルが目立つアトリエのリビング

経験とインプットの掛け合わせ

長くスタイリストを続けられている中で大切にされていることはなんですか?

− 窪川氏コメント:何事にも好奇心を持ってインプットの量を増やすことでしょうか。

全ての人生の経験が仕事に活きてくると考えているので、僕は基本的に誰かに何か誘われたら断らないようにしています。

例えばクライアントから、バーのシーンでグラスを撮って欲しいと言われたとします。

バーに行ったことがないと、バーのシーン作りにどんな小物が必要で、どういうスタイリングをすると魅力的になるのか分かりませんよね。

常日頃から色々な場所へ足を運んで身をもって体験しないと、その状況を再現し、より魅力的に空間を構成することはできないと思っています。

出産を機に様々な事情で仕事を退く方もいますが、「子供を持つお母さん」も仕事をする上で大切な経験だと思っています。

日々お子さんと接しているからこそ生まれるアイデアもあるので、そういう方がスタイリングする子供部屋は、子供を持たない僕が作るよりも良い空間だったりしますよ。

日々の自分のライフスタイルを大切に、そして常に新たな情報や知識を学ぶことに喜びを感じる好奇心を大切にしたいですね。

マイナスになる経験なんてないですし、すべてがプラスになると考えています。

− 窪川氏コメント:そしてその経験を元とした、人と違うジャンルを2つ以上持つことでしょうか。

100分の1の存在になれる得意分野を2つ掛け合わせて、1万分の1の存在になることが大事だと思います。

インテリアスタイリストは女性のほうが多いですが、僕の場合は男性で、かつ家電の知識があります。

そうすると、「メンズ向けの家電系スタイリストだったらあの人に依頼しよう」と唯一無二のイメージを持ってもらいやすいんです。

スタイリングのスタイルでもいいし、モノにフォーカスしてもいい。

センスがある人が世の中に沢山いる中で、いかに自分の強みを掛け合わせて、独自のジャンルを確立するかが重要です。

求められる領域以上のパフォーマンスの裏側

PATIO PETTIEガーデンファニチャーのスタイリング

メーカー企業のカタログの依頼も受けてらっしゃいますよね?

− 窪川氏コメント:そうですね、今はメーカー企業の商品カタログの仕事が増えていて、その場合でも僕はできるだけ実際のライフスタイルを想定したシーンを提案します。

例えばリノベーションした家のスタイリングでは、その空間をユーザーが具体的にどう使うか考え、それが土間の広い物件であればアクティブなユーザーを想定して土間に自転車を置いたシーンを提案するなど工夫をします。

いただいたお題だけでなくクライアントのターゲットを想定した具体的なシーン提案をするんです。

商品開発にも携わったFRECIOUSウォーターサーバーのスタイリング

− 窪川氏コメント:そのうちに、「メーカー技術はすごいんだけど、そもそもどのシーンで使うのかよく分からない」といった生産都合で出来た商品を、どうやって売ればいいか考えてほしい、という相談なども増えてきたんです。

例えるなら農家が美味しい野菜を作ったものの、それを引き立てる調理方法は思い浮かばないといった感じでしょうか。

PR視点でどういうビジュアルでアウトプットするかを考えたり、ヒアリングしていく中でメーカー自身が気づいていない市場での強みの訴求も提案するようにしています。

たくさんのインプットを心がけることで、何かクライアントから相談があった時には大喜利のようにパッとアイデアが思い浮かぶようになるんですよね。

頭の中には常にいくつものアイデアソースがあります。それらをアウトプットして組み合わせていく作業は、僕が昔やっていたDJにも少し共通する部分を感じます。

DJも色々な曲を聴いて、それを組み合わせていく作業なんです。

一見関係のないことが、今の仕事に活きているんですね。

− 窪川氏コメント:そうなんです。同じように、撮影の画面構成を考える時も同じようなことが言えます。

グラフィックデザインをやっていたことがあるんですが、実際の3Dの商品を使ってカメラ越しの世界を作ることと、2D上でグラフィックのバランス調整している感覚が似ているんです。

例えばソファの撮影で、家のコーディネートと同じような大きさのバランスでテーブルを合わせると、カメラを通すとパースが付いて手前のテーブルが大きく見えてしまうことがあるので、そもそもソファに対して通常よりも小さめのテーブルを合わせます。

また現場でクッションの色の重ね方や雑誌の開いたページの色で全体のカラーバランスを調整したり、それって完全に2Dの感覚ですよね。

ファインダー越しに切り取った、その中でだけ素敵に見える空間を作っているんですが、その刹那な空間が好きなんです。

自宅の小道具ストックルーム

− 窪川氏コメント:今はコンスタントに週2~3回の撮影量をこなしているんですが、急な撮影依頼も多いですね。

そういったことにも対応出来るように、自宅に6坪くらいの小道具のストックの部屋を作って、その大量のストックと共に生活しています。

スタイリスト窪川氏から見た、今のセレクトショップ

休日のショップ巡りでは、どんなところを見ていますか?

− 窪川氏コメント:僕、行ったことがないお店に行くと、自分が全く同じものを仕入れできるかどうかを考えるクイズ遊びをするんです。

大体は仕入れ先が分かっちゃうのですが、「この商品どこのメーカーのだろう?」っていう僕がクイズに答えられない、独自性のあるセレクトをしているお店は魅力的に写ります。

チェーン店は店舗ごとのセレクトが難しいこともあるでしょうし、同じ商品が並ぶことも多いと思うので、そう考えると地方の個人でやっているような自由なセレクトのお店が魅力的に映ることもあります。

とはいえ、今はどこにあってもSNSなどで誰もが手軽に発信できる時代ですし、独自性を持つこと自体が難しくなってきていますよね。

独自性を持つためには何が必要でしょうか?

− 窪川氏コメント:そのショップだからこそ買える、独自性のある商品の品揃えはもちろん必要だと思います。

ただショップを運営していく以上、他のセレクトショップも仕入れているような定番商品を取り扱うこともあると思うんです。

そういう場合にこそスタイリングの力は有効で、色々な角度の切り口からエンドユーザーがはっとするようなシーン提案ができるといいと思います。

セレクトショップのいちスタッフであってもディスプレイを考えたり、スタイリング力が必要になる場面はあると思うので、日々の仕事の中で少しでも意識をして行けば、少しずつ何かが変わってくるんじゃないでしょうか?

インタビューにお答え頂き、ありがとうございました。

独自性のあるビジュアル訴求

SONY 4K 超単焦点プロジェクターのスタイリング

彼が初めて訪れるショップで行うと語ってくれた「メーカー当てクイズ」なるものは、バイヤーやMDだけでなく、セレクトショップに携わる者なら一度は同じようなことをやってみた経験があるのではないだろうか?

モノの売り買いの手段が増え、情報が容易に手に入るようになった現代で、「このアイテムは何だ?」「どこが作っているモノなんだろう?」と思わせるような、他にはないセレクトを行うことは容易ではない。

同じアイテムを別のショップでも扱う、いわゆるバッティングは珍しいことではないし、売れている商品であれば避けることはできないだろう。

かと言って窪川氏が語ったように、「あぁ、コレはあのメーカーの商品だな」と安易に分からせてしまうことも悔しさを覚える。

彼のように様々なメーカーやアイテムを知るプロに分かるのならまだしも、エンドユーザーにも「コレもアレもあのお店にもあったな」と思わせてしまうようなショップにならないためには何が必要なのか。

電子媒体デジモノステーションにてバルミューダ特集のスタイリング

今回の取材で我々は、それは窪川氏の話してくれた常にインプットをすること、どんなことにも好奇心を持って臨むこと、そして一見マイナスに捉えてしまいそうな状況も経験や体験として全て自身の強みにしてしまうことが、これらに繋がるのではないかと感じた。

他にはないモノを扱うことはもちろん大事だが、さらに重要なのはショップ独自のスタイリングや合わせ方、魅せ方なのだろう。

EC市場の拡大やDtoCの流れが強くなる中、店頭での訴求だけでなく、オンライン上の画像や動画でブランドやモノ自体の魅力を伝えることも必要不可欠となっている。

ディスプレイでシーンを伝えたり、口頭で商品説明をするなど、実際にエンドユーザーと一緒にモノを見ながら同じ空間でコミュニケーションが取ることが難しい今、ブランドの背景にあるストーリーやモノの魅力を伝え、ユーザーの共感を得る方法とはどういったものなのか。

時計専門誌でのミニチュアを使ったマクロな世界のスタイリング

セレクトショップやメーカーが日々模索し、様々な手法や切口で試しているこの共通の課題を、窪川氏はインタリアスタイリングという分野からビジュアル手法を用いることで解決を図っているように感じた。

実際の商品に触れなくとも、まるでそこに自分がいるかのような臨場感のあるシーンビジュアルを創り出し、受け手にそのブランドや商品をより身近に感じさせる。

それは常に細部に至るまでのリアルを観察し記憶の引き出しにストックがある彼だからこそ出来る技かもしれない。

オンライン上の競合が増え、ライフスタイル業界全体の発信力の強化が必要とされる今、「同じアイテムを同じようには魅せないこと」、それは常日頃からの好奇心とインプット、そして経験を強みにすることから始まる。

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